431.良い、のか?〜教皇side
『これは、もはや巧みの
もしやもっと精巧な、絡み合うような二本の薔薇の切り絵なんて、できまして?』
あの時の姫様は、何とも可愛らしかった。
それまでは教皇とロブール公女という立場でしか互いに接していなかった。
だからすましたような大人びた顔つきをいつも向けられていたが、あの時は違った。
金環を隠した藍色の瞳を輝かせ、頬を紅潮させてお願いする様は、年相応の少女。
いや、年よりずっと幼く見えて庇護欲が爆発しそうだった。
本当は今も、昔のように気安い口調て話しかけて欲しい。
しかし姫様は王女時代の話題には決して触れず、当時の話題をそれとなく拒否している。
王女だった姫様は、最期に必ず戻ると聖獣に誓っていた。
そしてそれを叶えるのに、何かしらの誓約を伴ったのかもしれないと察した。
今考えればわかる。
口にした約束は必ず守ってきた姫様。
そして姫様にとって聖獣キャスケットは、どんな聖獣よりも特別な存在だったはず。
けれどキャスケットと交わした最期の約束は、そうそう叶えられるはずがない。
なのに約束だと口にしたのなら……。
教会の教皇まで登り詰めた私は、禁術とされる魔法の類も
何らかの代償を払ってでも、キャスケットの為に叶えようとした可能性は否定できない。
数ヶ月前、悪魔の力に翻弄されて姿を変えた私を姫様が正気に戻そうと、楽器を奏でていた光景を思い起こす。
あの時姫様の体からは聖獣の力と、誓約魔法めいた気配を僅かに感じていた。
その聖獣の力は私の知る狐やグリフォン、甲羅を持つ鼠、竜、そして旧友の、どの聖獣とも質が違う力だった。
悪魔の力を体に宿していたからこそ、あまりにも僅かで、違和感程度の認識だったにも拘らず、その気配に気づけたに違いない。
もっとも一段落ついた今だからこそ、あの時の違和感と姫様の最期を関連づけられたわけだが……。
あの場にいた聖獣達は気づいた素振りも全くない。
そして姫様の性格から、私の知らない聖獣や誓約めいた何かは、聖獣達に隠しているのかもしれない。
『んふふふー!
コレは使えましてよ!』
ふと、あの日の気を良くした私が、当然のように姫様の要望に応えた時の、更に興奮した姫様の興奮した声が。
あの発言のあたりから、姫様はどうしてか変態、じゃない、怪しい何か……そう、言うなれば、負の臭いというか、オーラっぽい雰囲気を漂わせ始め……。
『百合もできますわね!
それだけでなく、ふふふふふ、亀の甲羅的な絵面……んんっ、アート作品も……』
『ひ、姫様?』
『公女、でしてよ!」
姫様は顔色を俗に言うヤバイ中毒患者のように豹変させたかと思うと、戸惑う私に一言注意してから、頭上に目をやった。
『また来ますわ!
ハイヨ、奥様も、楽しみにしていてちょうだい!』
『メェ〜』
『キャー、亀甲縛り〜!』
制止する暇もなく、姫様は転移してしまう。
私の頭を陣取る羊ばかりか、いつの間にか跨っていたらしき旧友の奥方までが大興奮で見送っていたが、嫌な予感しかしなかった。
後日、姫様から白と亜麻色の紙を使って、絡み合うような薔薇の切り絵を作成して欲しいと依頼がきた。
依頼主はトワだったが、状況から姫様だと直感して、20部程作って納品した。
後に私の元へ姫様を伴ったファルタン嬢が来て、朗読会をして欲しいと渡してきた朗読会の台本。
表紙には私の切り絵が使われていた。
その時は何も知らなかった私は、教会内での淡い敬愛に纏わる話を台本通りに朗読会で貴婦人達に朗読した。
その後、貴婦人達にはファルタン伯爵令嬢主導の元、教会関係者と共に作成した台本20部を配布した。
お気持ちだけの寄付金をと言って。
言われた通りナックスと共に手渡したが、高額の寄付金に目をむいた。
貴婦人達は推し活としきりに口にしていたが、未だにどういう意味かはわからない。
そしてトワからと言って寄贈された新書数冊を読み、改めて朗読した内容を反芻して……姫様が口にするには憚られる
姫様を復活させ、その地位を確たる物にと思って教皇となった。
だから教会の在り方などは、正直どうでも良い。
ただ、
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