430.朗読会〜教皇side

「学園祭に?」

「ええ。

ロブール公爵家前当主夫妻も顔を出すようです」


 ナックス神官の言葉に、思わず眉を顰めて閉口してしまう。

今まで1度も姫様、いや、ラビアンジェ=ロブール公女と関わろうとしなかったのに……。


 特に姫様の元婚約者にして、今の姫様からすれば祖父となったソビエッシュ=ロブールあの男


 前当主夫人シャローナ=ロブールは、まだ孫娘となった姫様に関わろうとしていたようだが、ソビエッシュはこれまで全く興味を示していなかったはず。


 そして恐らく姫様も、あえて関わろうとはしていないのではないだろうか?


「猊下?」

「ああ、私も今年は出席すると伝えておいて下さい」


 怪訝な顔で無言となった私に、ナックスは戸惑ったらしい。


 気を取り直し、ここ何十年と断り続けた学園祭への参加を表明する。

確か最後は、現国王の学生最後の学園祭だったか。


「猊下の出席は、初めてでしょうか?

学園の方には、伝えておきます」

「お願いします。

初めてではありませんが、数十年ぶりですね。

今年は昨年度の幸運のシュシュや、2年Dクラスの引き継いだ卒業研究の一件もあります。

それに変わった食材を使った料理を出店すると聞いていますから」


 驚いたようなナックスに、もっともらしい理由を告げれば、納得したらしい。


 しかしいつもと違って用が終わっても、なかなか退出しない。


「それから、あの、次に朗読する予定の本なのですが……」

「…………薔薇ですか?」

「できましたら……いえ、ぜひ今回は百合を!」


 ややあって、ナックスは最初こそ遠慮したげな様子を見せていたが、結局は熱意からか目を輝かせて何を言いきった?!


「ナックス神官、あなたまさか……」


 思わずジトリとした目で、亜麻色の髪の青年を見やる。


 薔薇と百合……先の尖った帽子ミトラを被せて隠蔽している、頭を陣取る最恐の護衛に意識をやれば、それとなくステップを踏み始めたな。

このハイヨと名づけられた護衛に、毎晩読み聞かせる破廉恥小説。

その中に薔薇と百合の話が出てくるから、何を意図して百合と言ったのか理解してしまった。


 実は姫様を後ろに従えたミランダリンダ=ファルタンからの要請で、秋が終わった頃から、とある朗読会を月に2度ほど開催する事になった。


 ちなみに朗読会は同人会と裏で呼び合っているのを、こっそり知っているぞ。


 その会で私が朗読する本が問題なのだ。


 朗読に集まるのは、普段から寄付を快く行う年若い貴婦人達ばかりだ。

少なくとも、初回は。


 朗読内容は一読した限り、ちょっとした恋の話だった……そう、裏に意図された話に気づかなければ。


 頬を染める貴婦人達も、いつも通り私の外見に惑わされたのだろう、ちょっと鼻息荒めだな、くらいに思っていたが……。


 2回目の朗読会で、ふと気づいた。


 あれは悪魔の力に翻弄された私を人間へと戻した時に使った、超がつく姫様渾身の破廉恥小説の内容を、巧妙に切り抜いたものだった事に!


 そして寄付金と引き換えに配布する限定本もまた、巧妙な細工が仕掛けられていた!


 そしてこの私自身が、その仕掛けの本体を作っていたとは!


 事の始まりは、まさかの姫様がベルジャンヌ王女だった生前にまで遡る。

私の性別を亡くなるまで誤って認識していた姫様は、亡くなる時まで私を侍女として近くに置いてくれていた。


 その頃から私の魔力量は多く、魔力コントロールは不得手で時折暴走させた事もあった。


 魔力暴走を起こさないように、そして魔法への集中力を養うという名目で、姫様自らが私に魔法を使った切り絵を教えてくれていた。


 紙に絵を描き、魔力でその線を剃ぐように素早く出し入れして、切り絵を作る。

言葉にすれば簡単だが、やるとなるとかなり難しかった。


 姫様と死別した後、姫様との思い出を懐かしむ度、私はそんな修練を繰り返して悲しみをやり過ごしていた。

お陰で切り絵の絵はより精巧となり、切り抜く腕も一流と言って良い程に磨かれた。


 そして姫様の今世。

私の地下の実験場所を姫様が潰した後、ハイヨに草を食べさせに来たと言って、姫様は改めて私の元へと訪れた。


 私はその時に磨いた腕前を披露した。

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