420.稀代の悪女〜ミハイルside

「今は何が見えている?」


 昔から祖父は本人が必要と思わない限り、貴族らしい冷めた微笑みを貼りつけ、必要な事しか話さない。


 とはいえ四大公爵家の当主を務めていながら、必要がなければ相手に威圧感を与える事もなく、ただ淡々としている。

まるで全てに興味がないと告げるかのように。


 例外は祖母に対して。


 祖母は昔から朗らかで、孫の欲目を抜きにしても優しい人だと思う。

人当たりの良い祖母の人徳故か、祖父は祖母がいる場では、周囲の人間ともある程度の会話を成立させる。


 いない時は全く会話が続かないから、祖母だけが特別なんだろう。


 そんな祖父は、稀代の悪女と語り継がれるベルジャンヌ王女の元婚約者であると同時に、祖母と共に運命の恋人達として有名人だ。


「はい。

恐らく魔力や人の過去。

それに残像のようなものも……」


 そんな祖父の元を訪れたのは、突如始まった目の異変に対処する為。

祖父なら具体的に教えてくれるだろうと助言した妹は、今は亡き聖獣ヴァミリアから、ロブール家の瞳の力を聞かされていたらしい。


 放っておくと瞳の力を制御できず、魔力暴走を起こしかねないという、しゃれにならない話も教えてくれた。


 それでもすぐに行動せずにいられたのは、魔力が少なくすぐに枯渇させる体質の妹と接すると、かなり抑えられたから。


 これは完全に憶測だが、妹と親しい血縁であるが故に、何らかの干渉作用が働いているのではないだろうか。


 魔法馬鹿の父親にはもちろん相談していない。

実験に付き合わされそうだし、魔法馬鹿が興味本位になれば、何をされるかわかったものではない。


 だから次期当主として教わりたい事があるというのを建前に訪れた。


 いや、瞳の異変もある意味建前か。


 この異変が如実に起こったのは、あの白髪の教皇が魅了で襲った時だ。

白昼夢のように、まるで自分が体験しているかのようにしてある光景が視えた。


 それは恐らく、教皇が歪んだ元凶とも言える王女の最期と、その少し後の光景。


 今の俺と同年代の祖父母がいた。


 祖父は直前に灰となって消えた元婚約者王女を愛称で呼び、取り乱し、運命の恋人であるはずの祖母に詰め寄っていた。


 今の祖父からは考えられない感情的な様子に、衝撃を受けた。


 そして祖母は明らかに王女恋敵の死を悼み、喪失で嘆き悲しんでいた。


 あまりにも俺の知る稀代の悪女とは違いすぎて、にわかには信じられなかった。

ただの幻覚だと思おうとした。


 けれど少し前、祖母の生家__チェリア伯爵邸で、ある家族の肖像画と手紙を見つけてしまった。


 その後、まさかと思いチェリア邸の書斎を探し出し、埃を被った古い家系図を見つけた。


 わかったのは、あの肖像画の家族は祖母の父親__俺の曽祖父が少年の頃に描かれたものだった事。


 挟まれていた幾枚かの紙から、桃金の髪に菫色の瞳をした一人娘は、王太子の婚約者だった事、そして娘が行方不明となった事を境に、家門が急激に衰退して伯爵へと降爵し、没落した事がわかった。


 他にチェリア家はロブール家の傍系という位置づけではあるが、遡ればアッシェ家との縁もあったらしい。

これは元々が侯爵家という高位貴族の家門だったなら、特に珍しくはない。

曾祖父母の元々の関係が、又従兄妹だったのもそうだ。


 ふと祖母や妹の金に混じる桃色は、もしかしたらアッシェ家によく見られる赤い髪色が影響しているのかもしれないと思った程度だ。


 家系図と肖像画、そして見つけた手紙の蝋印を眺めながら、俺はもう1つの白昼夢光景__教皇にリリと名付けていた時の王女の白桃銀の髪色を思い出す。

あの髪色から王族の直系に現れる銀を除けば、曽祖父の髪色に……。


【チェリア伯

貴公の娘は存命。

月満ちる日、教会に集う流民の中に紛れる。

娘も迎えも、流行病から必ず守る。

保護して欲しい。】


 白いリコリスの蝋印で封をされていた手紙に書かれた娘の存命を知らせる内容、そして教会と流民と流行病の言葉。


 俺にはその言葉が同時に起こりそうな時期に心当たりがあった。


 祖父母が学生で、まだ王女が存命だった頃、先代国王王女の異母兄が光の王太子と呼ばれるに相応しい功績の1つ。


 教会と協力し、流行病を封じたとされる出来事。


 これまでの俺も含めて、世間が信じて疑わない【稀代の悪女】。


 ……真実なのだろうか?

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