419.薔薇話と祖父との対面〜ミハイルside

「お祖父じい様、お久しぶりです」

「ああ」


 祖母と同じく白味が強くなった金髪に、金緑色の瞳をした祖父は、特に感情のこもらない、貴族らしい微笑を浮かべて短く返事をする。


 卒業研究発表が終わり、骨となって俺の目の前に戻ってきた母親の埋葬を終わらせた俺は、冬休みを利用して祖父母の住む邸を訪れた。


 妹であるラビアンジェも誘ってみたが、冬休みが明けた後に学園で開催する、文化祭の準備で忙しいと断られた。


 最終学年となる俺も含めた4年生はといえば、文化祭当日に客として、できるだけ多くの出店へと訪れる事が義務づけられているだけ。

つまり文化祭の準備等、やる事は何もない。


『やっと2年Dクラスの出店が決まりましたの。

さすがに行けませんわ。

創作活動する暇すら、ありませんもの。

お祖母様達によろしくとお伝え下さいな』


 申し訳なげにそう話す妹のある言葉に、ハッとする。


『わかった。

しっかりと、念入りに、準備するんだぞ。

手を抜くのは無しだ』

『……何か含みがありませんこと?』

『まさか。

ただただ純粋に、お前のクラスの料理を楽しみにしているだけだ。

他意などあるはずがないさ』


 できるだけ爽やかに言い切る。

そのまま妹には忙しくしてもらい、破廉恥創作と良からぬ類のフ教、いや、布教活動への熱意を冷ましてくれと願ったのは、もちろん秘密だ。


 余談だが、先日巷で有名なある作家が新作を発売した。

これだけならいつも通りだった。

しかしそれと共に、トワという作家名を公表したそうだ。


 生徒会の役員のみならず、学園を歩けばそこかしこで囁き合う声を耳にした。

どれだけ巷の作家とやらは、学生達に影響を与えているんだ。


 挙げ句、発売にはどこぞの神官らしき格好をした者も多く並んでいたとか、いないとか。


 少し前の教皇の暴走といい、あの教会はどうなっている。

フとやらに侵されて無害化したような、新たなフの活動拠点となっているような。


 ……いや、深く考えるのは自分の心の平穏の為にもよした方が良いな。

魔力の高い者はその手の直感が働く。

絶対止めておいた方が良いはずだ。


 ちなみにトワの今作は新作だったらしい。

特に女子生徒が、きゃあきゃあと弾む声音で話しているのが何度も耳に入ってきた。


 白髪の神に魅入られた黒髪の少年を、金髪の神官が救う衆道__最近は薔薇という隠語を使う者が増えた__の話のようだ。


 男体盛りという、裸体に直接料理を盛って神が食すシーンの話になる、女生徒達がそれとなくレジルスと俺に陶酔した視線を投げてくる。


 ……トワ、いや、妹は何を絵師に描かせた?!


 とあるあの日、聖獣ドラゴレナに気絶させられた後、教会食堂のテーブルの上で目覚めた。

先に目覚めていたレジルスと共に並び、料理を盛った皿を体に載せられ、妹と薔薇話で意気投合したどこぞの令嬢と神官達が拝んでいた事が頭を過ぎったのは言うまでもない。


 しかし怖すぎて妹には……聞けず仕舞いだ。

もちろん俺達はちゃんと服を身に着けていた事だけは、声を大にして主張しておく。


「お前の目の不調について相談したい、だったか」


 表情は変えずに羞恥で悶えそうになっていたが、早速本題に入る祖父の言葉で我に返る。


 俺は学園を卒業後、この国の第一王子であるレジルスの政務を手伝う事になった。

今年に入り、妹や元義妹が撒き散らした幾つかの事件を穏便に処理する事と引き換えに請け負ったとも言える。


 もちろん次期当主として、ロブール公爵家の事業等も同時に引き継いでいく。

とはいえ現当主である魔法師団団長を務める魔法馬鹿は、そのせいか、はたまた興味がなかったからか、引き継ぎの幾つかを先代当主である祖父に丸投げした。


 だから必要があって祖父とは何かしらのやり取りはしているものの、直接会うのは本当に久しぶりだ。

特に孫と世間話をするつもりもなく、しかしこれが祖父の通常だから、今さら気にはならない。


 祖父とまともに生活を共にしたのは、妹が生まれて暫くした頃までだった。

祖父母は今、俺や妹が住む王都の邸からかなり離れた、片田舎と表現するのが相応しい、ロブール家が治める領土の1つで過ごしている。

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