415.淋しさと恋しさ

「さすが国王なだけの事はあるのね。

まさか祝福名によって魂に紐づけされた力に干渉して、聖印を抑えこむなんて」


 一人残るこの場所で、再び座りこんで独りごちる。


 前々世の私からすれば、戸籍上の甥である国王。

同じ王家の血筋だからか、かなりの魔法の使い手だわ。

前々世の私程ではないけれど。


 そこでふと、肉体が灰になった後の事を思い出す。

輪廻の輪に入る__正確には投げこまれる少し前ね。


『ベルジャンヌ。

古に定めた方法で、我と初代国王との約束の地であるロベニア国のとなった。

だが我はお前を王とは認めない。

お前の出生には同情するが、我の与える名を持つ者から、その名を強制的に消し去ったは罪。

初代国王が、我の契約者が望まぬ争いの火種そのもの。

その上、お前は余りにも人として欠けている』


 前々世の私は、自分の肉体に取りこんだ悪魔ごと灰になるよう、祝福名に宿る聖獣の力を強制的に使った。

悪魔が体を奪う為に焼きつける呪印を、聖印で焼き潰しながら。


 その聖獣の名前はアヴォイド。

意図的に歴史から消された名前らしくて、知ったのは偶然よ。


 でも名前を知っていたからこそ、アヴォイドの力を使えたし、国王に力技で負けを認めさせ、祝福名を消す事ができたのだけれど。


 当時の聖獣ちゃん達は、この国を興した初代国王との約束のせいで、後の子孫となる王族と四大公爵家に当然のように契約で縛られていたわ。

だから私がこの国の主として自分の祝福名を媒介に、アヴォイドから力を直接的に引き出して全ての聖獣ちゃん達の契約を強制解除しちゃった。


 傲慢な契約者達はもちろん、聖獣ちゃん達の意志も確認しないままに。


 ただキャスちゃんやラグちゃんのように契約解除を拒むなら、解除できなかったはず。

だから他の聖獣ちゃん達も、解除を望んだという事ね。


 悪魔は元々、異母兄自身が魔法呪となり、その体に入りこんでいた。


 だから異母兄の体から出す為と称してフルボッコ作戦を決行し、タイミングを見て弱った悪魔異母兄に隙を見せたわ。

まんまと私の体におびき寄せられたから、自分ごと消し去れた。


 けれどそれも含め、輪廻の輪の手前で待ち構えていた初代ロベニア国王とのみ契約し続けているアヴォイドにとって、罪と認識されてしまったの。


 といっても感知したのは声だけよ。


『これは慈悲であり、お前に科される罰への準備。

新たな地で人を学び知れ。

憐れな子よ。

もしお前の欠けた心を一生を通じて満たす者が現れた時、お前は再びこちらの世界に戻り、誓約と共に罰が執行される』


 中性的な声音の中に、凛とした響きを感じたわ。


『………………………だが、すまない。

全てを背負わされた、憐れな子よ。

そのような者が現れない方が、お前には幸せかもしれぬ』


 けれど長い沈黙の後、アヴォイドはとても悲しげにそう告げたの。


『キャスケットとラグォンドルと約束したから、そういう訳にはいかない。

それに私はまだ、君には君自身が自由になる選択肢を与えられていない』

『……何?』

『意外かな?

初代ロベニア国王も、多分望んでいないよ。

私はいつか戻って……』


 この時、唐突に睡魔に襲われた。

体が無いのに不思議ね。


『戻ってくるよ。

その時、君も改めて……選んで。

今は……ごめん……ねむ、く……』

『……満たす者より先に天寿を終え……。

もしくは…………に、否と……』


 自分を包んでいるかのように、温かで柔らかく降り注ぐ光があまりに心地良くて、アヴォイドの言葉を全て聞き取れなかった。


 正にこの時、追いかけてきたキャスちゃんの目の前で輪廻の輪に入っていったと知ったのは、ラビアンジェとなってこの世界に戻ってから。


「ベルジャンヌにも、言葉にできない想いは確かにあったのよ……」


 見上げた空には青白く照らす満月。


月和つきなの作った団子をこうやって一緒に食うのが、いっちゃん幸せだ!』


 旦那さんとお月見していると、いつもニカッと笑ってそんな事を言う、若かりし頃白髪が出始めた旦那さんシブメンの顔を思い出す。

ふふ、可愛い人。


「あなた……月が綺麗ね」


 前々世の私は、前世であなたに救われたの。


 今世の私は、あなたのいない淋しさと恋しさを知った。


 私は今、どんな顔をしているのかしら?

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