412.死んだ日に生まれた怒り〜国王side

【王女は余の祝福名を消し去った後、それでもロベニアの血筋を王族として残したいなら、これから起こる全ての罪を自分に被せろと命令した。

決して、聖獣にすらもそれを他言せずに老いて逝け。

そう命令したのだ。

初めはそれが余の国王として在り続ける救いに思えた。

しかし全ては誤り。

ロベニア王家は王女によって嵌められたのだ】


 その通りかもしれぬ。

王女に悪意があったのかはわからぬが。


 王女が亡くなり、聖獣達との契約が切れた。

同時に隣国との国交が不安定となった。


 このまま王女を稀代の悪女として貶め続ければ、聖獣達は完全にこの国を見限る。

隣国とて生前の王女が施した流行病を防ぎ、助けられた恩へ報いる為だとし、わが国への侵攻をいつまでも留まり続けるかはわからなんだはず。


 その上、先代国王余の父は精神を病んで使い物にならなかった。

ロベニア王家はいつ滅ぶかもわからぬ泥舟に乗っておったのだ。


 この事実は、聖獣達も知らぬはず。

余も日記を見るまでは、知らなんだ。


 それでも余は噂を払拭せぬと決めておる。

それが王家の犯した数々の罪を、年端もゆかぬ王女に尻拭いさせ、被せた事への贖罪。


「だから王女にとっては自分を傷つける存在も含め、そうでない方にわざわざ感情を揺さぶられる事はなかったの。

膨大な魔力と魔法の才能、尋常でない程の理解力の高さから、周囲の人間全てが快も不快も感じるに足らなかったのよ」


 公女はそこで何か思案するように、暫し黙る。


「それでも死んだあの日だけは、どうしてか強い怒りが生まれた。

奇跡のようなタイミングで、激情が芽生えた。

正直、不思議でならないわ」


 王女が亡くなった日……それは国王から祝福名を消し去り、密かに誕生したこの国のが亡くなった日でもある。


「初めての経験でままならなくなった激情を、思春期らしく周りにぶつけるくらいはしたかもしれないわ。

戸籍上の父親とその正妻を、人生で初めて殴ったのもそのせいね」


 ん?

スリアーダも殴っておったのか?

日記にはそこまでは書かれておらぬが……。


「……ふっ……くく……」

「笑わないでちょうだい。だって王女はあの日、17才になったばかりの子供だったのだもの」


 思考の途中から口元を押さえたものの、笑いが漏れる。

意外にも脳筋、いや、子供らしい反抗もしておったのだと思うと、余計に……クククッ。


 そんな余に、公女は恥ずかしそうに目を伏せ、バツが悪そうに口を尖らせる。


 その様子が年頃の子供らしく見え、微笑ましく感じてまなじりが下がる。


「……シブメンの慈し笑み……ありね」

「?!」


 公女の呟きにゾクッとした悪寒が走る。

何だ?

まるで視姦を楽しむ変態……いや、これは年頃の少女にあまりに失礼な感想。


 しかし意思に反してつい、気圧されたかのように一歩距離を取ってしまった。


「ふふふ、ある意味あなたは甥ですもの。

実際に襲ったりしないわ」


 ある意味での甥……やはり公女はベルジャンヌ王女の……。


 そう考える事で逃走本能を抑え、理性を働かせて公女に意識を向ける。


「それはともかく、王女の中に初めて生まれた激情に駆られ、戸籍上の父親からを消しても、不思議ではないでしょう?

激情の矛先が王族や四公家にまで及んで、仮に聖印で焼かれると知っていても、この国の聖獣全ての契約を無効にするくらい、してもおかしくないでしょう?

だって王女にはそれだけの魔力と才能に加え、知識もあったのだから」


 そこまで話してから、公女は冷めた笑みを浮かべる。


「だからといって、王女は王族や四公家を恨んでいたと考えるのは、短絡的ね。

王女からすればそんな考え自体、烏滸がましいわ。

例えばだけれど小さな虫である蚊に血を吸われたからといって、恨みや憎しみを募らせる?

そんな事はあり得ない。

それと同じよ」


 人を虫に例える話で、感じていた王女への疑問の幾つかが腑に落ちる。

才能溢れる王女にとって、万物は己の感情を揺らす程の存在でも事象でもなかったと告げておるのか。

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