410.感情が欠落した子供〜国王side

「何なら後々、娘には何かと便宜を図っていただけるとも、判断なさったのでは?」

「……」


 続く公女の言葉に、ライェビストは無言になる。


 面白い。

公女はライェビストなりの僅かな父性には、気づいておるようだ。


 ライェビストは無言のまま余の顔を見つめた後、最後まで無言を貫いて転移した。


 余を見つめたのは己の娘故、扱いに注意しろと言いたかった……のか?

無表情過ぎてわからぬ。

ライェビストは表情も含めて、色々と死滅しておる。


「座ったままで良い。

あの黒い煙は、悪魔の力か?」

「左様ですわ」


 立ち上がろうとした公女を制して近づき、余も地面で胡座をかく。


「ああ、素の話し方で良い。

対等に話せ。

そなたにはそれが許されるべきであろう。

悪魔の力を滅したか?」

「……ええ」


 少し余の顔をまじまじと見つめた後、貴族らしい冷めた微笑みを浮かべて肯定する。


 悪魔の力を直接的に滅する事ができたのなら、それは聖獣の力を使ったという事。

人や魔獣の魔力では、悪魔の存在やその力を滅する事はできぬ。

つまりは……。


「つまり先程の2体は、そなたと契約しておる聖獣という事か」

「ええ」

「……そなたはやはり、望まぬか?」


 ベルジャンヌ王女が生前、何をしたか知るからこその問い。


「もちろんよ。

これからも、には座らない」


 そう答えるのならば、やはり公女は王女の生まれ変わり……。

そう確信する。


「そうか。

尊重しよう」

「……知っているのね?」


「ああ。

かの王女こそが悲劇の王女であり、しかし我ら王家の者からすれば、真の稀代の悪女であろう事もな」


 公女は暫しの間きょとりとする。


「……ふふふ、正解よ」


 ややあって花が咲いたように、どこか悪戯が成功したかのような年相応の顔をした。


 その様子に面くらいながらも、今もなお知略に長けた悪女は、契約する聖獣にも真実を語っておらぬやもしれぬと察する。


「かの王女は、死の間際に恨んでおったか?

孤独であっただろうか?」

「さあ?」

「そなたの推察で構わぬ。

……頼む。

ずっと知りたかったのだ」


 余は四公家の長達も知らぬ、王女の真相を知っておる。

そして王家の犯した恥ずべき過ちも。


 王女は間違いなく全ての厄災を1人で背負い、1人で闘って自らの意志で悪女となり、散った。


 全てを最良に導く為。

その全ての中に、我ら王家の末裔も何故か含まれている。


 それ故に、知りたい。

過酷な環境の中、そうできた理由を。


 恨み故、なのか。

孤独であったが故なのか。


 何より、未だに孤独であるのか。


 この情動は、思慕に近いのであろうな。

国王としてこの座に就いた時、それまで当然と思いこんでいた王女の姿は作られたものであると、真の姿は如何なるものかを知ったが故に。


 いつからか戸籍上では叔母に当たる王女が、何を考えておったのか知りたいと、乞い願うようになった。


 公女は余の懇願に、まるで困った子ね、というように苦笑してから答えを返す。


「そもそも王女は誰も恨んでいなかったわ」

「にわかには信じられぬと申したら?」

「そうねえ、周りの人間に恨むほどの気持ちが、愛着が無かったと言えばどうかしら?」

「それは……」


 当然、それならあり得る話やもしれぬと口ごもる。


「人としてはそうね……不完全で未熟。

人が持ち合わせているような感情が、根本的に壊れていたと言うべきかもしれない。

王女が初めから壊れていたのか、壊れるべくして壊れたのか、壊されたのか。

そのどれかか、全てかはわからないわ。

けれど恨まれる程の関心や愛を、王女が他人から与えられていたと思う?」


 公女の語る王女の内面には、頷くしかない。

だからこそ、ずっと疑問を抱えておった。


「しかしそれならば何故に、王女は全てを最良に導こうとしたのだ?」

「初めて愛を、労りの情を与えてくれたのが、長くこの国を守り続ける聖獣キャスケットだったからよ。

それまでの王女には感情をぶつけてくる者はいても、感情を与えて育てる存在が皆無だったの」

感情を蒔かないのに、芽吹きはしないという事か?」

「ええ。

何より生まれた時から泣かないような、元々に感情が欠落した子供だったのもあるのかもしれないわね」


 感情が欠落した子供。

公女の言葉に、祖父王の日記の一節を思い出した。

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