401.頭頂部〜教皇side

「どうして契約が綺麗に破棄されたのかしら?」


 私が悪魔との契約を綺麗さっぱりと、何の後遺症もなく破棄してからひと月。

久々に私の前に現れたジャビは相変わらずローブを深く被っていて、顔が見えない。


「聖獣に浄化されてしまいましたから」

「そう……君が核を手放すなんて……何があったのか気になるわ」

「無才無能公女の私小説を強制的に読まされてしまい、あまりの衝撃的な展開と画力に戦意を喪失した途端、消されてしまいました」


 そう問われる事は予想していた事だ。

涼しい顔で答えてやれば、ジャビは私の表情から情報を得ようとするかのようにしげしげと眺める。


 もちろんローブのせいで、視線は合わない。

何だかんだと付き合いが長いからこその勘だ。


 とはいえ嘘ではない。

不覚にも、あの強烈に破廉恥な姫様小説のせいで、戦意を喪失したのは間違いない。

姫様からラビアンジェ公女として生まれ変わるまでの間に、一体何があったのか……怖くて聞けない。


「だったら死ぬ?」


 ジャビの軽い口調の直後、どこからともなく現れた赤黒い矢が私を射抜かんと飛んでくる。


 しかし被っていた先の尖った帽子ミトラが吹き飛び、私の頭頂部を陣取っていた生物が素早く蹴り消した。


「……残念というか……本当なら殺して口封じしたいところだけれど……それより何なの、ソレ」


 もちろんジャビの口元以外は見えないが、私の頭頂部を凝視しているのは間違いない。

どことなく口元がひくつき、引いている。


 無理もない。

私の頭頂部には新種の植物型魔獣が寄生し、それをミトラで隠して飼っていたのだから。

そして今は旧友の奥方の1体が、ほくそ笑んだ顔でその魔獣の背に跨っている。


 頭頂部が混沌としている事だろう。


 知らぬ間に四大公爵家の1つであるロブール公女として生まれ変わっていた姫様と聖獣契約し、名前なのかあだ名なのかわからないが、ドレッド隊長と呼ばれていた旧友。

寄生させたのは、奴だ。


 アルラウネは旧友の奥方。

何十年と会わない間に抜け駆けしていた旧友は、先代の聖獣ドラゴレナの名を家名のように継いだだけでなく、先代の種から生まれたアルラウネを嫁として娶っていたらしい。

それも5体。


「はあ……本当に何なのかしらね。

あの無才無能の逃走公女といい……。

まあ見逃すのは仕方ないとは思うわ。

今の私では聖獣に正面から太刀打ちできないもの。

だけどそのアルラウネも山羊?

山羊だけど植物?

正体が無駄に不明なソレも含めて、魔獣の赤い瞳だけれど……放つ魔力の属性も含めて、ふざけ過ぎてない?」


 ジャビがため息を吐きつつ、そう言うのも無理はない。

バロメッツとかいう山羊の風貌のミニ魔獣が、腹から生えた茎だか蔦を束にして、私の頭に根を降ろしているのだから。


 これがラビアンジェ公女やファルタン伯爵令嬢と共に、ナックス神官が見たと話していた、姫様の『ハイヨハイヨ』な乗り物の、ミニチュア魔獣らしい。


 地下の研究場所で気を失い、次に目を覚ましてすぐ、寄生された頭を鏡で確認した瞬間、幻覚魔法で見えなくしたのは言うまでもない。

もしもの時に備え、人前ではミトラという、高さも出る教皇専用の帽子を被るはめになってしまった。


 1度も感謝した事のない、教皇という立場に初めて感謝した。


 ちなみに姫様はこの山羊を【ハイヨ】と名づけ、会うとそこらに生えた雑草を引き千切って与えている。


 どこから見ても山羊。

しかし腹から生えた下側の蔦も含めて、植物型魔獣。

分類がトチ狂っている。


 こんなふざけた見た目でビョンビョン飛び跳ねるが、聖属性の塊。

そしてとんでもなく好戦的。

気に入らないと尖った蹄で頭頂部を攻撃してくるという、気が抜けない魔獣だ。


 ついでにアルラウネ奥方が来ると必ず跨り、暴れ馬ならぬ暴れ山羊イベントとやらが最低1回は発生する。


 自分でも頭頂部に何が起こっているのか……意味がわからない。


 ふしだら、ゴホン。

姫様の嗜好際立つ破廉恥小説を、夜に朗読しないと山羊が寝てくれず、ビョンビョン跳ねて抗議してくる。

寝不足が酷くなり過ぎて、根負けした。


 夜中にコソコソとあんな小説を読むなど……どこの思春期男子かと問いたい。


 ナックス神官の話ではもっと大きく、すぐに枯れてしまう移動性の植物型魔獣だったはず。


 なのに寄生型魔獣にして寿命を延したのは、姫様や周りの者達に隊長と呼ばれ、調子に乗っている旧友だ。

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