402.爆ぜる憎しみ〜教皇side

「最恐、ゴホン、最強の護衛だと自負しています。

聖獣からの賜り物ですからね」


 もちろん悪魔が私の前に再び現れ、殺害しようとしてくると見越したのだろう。

昼夜問わずの護衛をつけてくれたのだから、感謝すべきだ。


 そう理解はしているが……鏡で確認する度、もうちょっとどうにかなっただろうと恨めしく思わずにはいられない。


 王女だった頃から、名付けにしても物事への解決方法にしても、安直かつ短絡的だった。

今では姫様しか呼ばない、リリという名前が奇跡的にまともに思える。

……私は女性ではなかったが。


 公女として生まれ変わり、パワーアップした安直感が恐ろしい。



「はあ、また聖獣……本当に邪魔。

しかもベルジャンヌの髪を使って留まったせいか、君も含めてベルジャンヌに関係した事象や生き物絡みだと、私の制約も強く働くから嫌なのよね。

君は特にベルジャンヌが大事にしていたもの」


 ジャビの言葉に、そして旧友から映像を頭に直接見せられて知った事実に、不覚にも笑みが溢れる。


「本当に残念。

あのまま君が契約者として契約を成就できていれば、私をこんなに困らせるベルジャンヌに、一泡吹かせられたのに。

まあ、もう死んでいるから一泡も何もないけど。

でもそのうち護衛もいなくなるでしょうから……」

「あ、これ種から発芽するので、定期的に枯れて芽吹くサイクルです。

聖獣の力のお陰で、半永久的に続くそうですよ」

「……むしろ君はそれで良いわけ?」

「……ふっ、ふふ……もちろん」


 フードで直接は見えないジャビの視線は間違いなく頭頂部のハイヨに向かっている。

目が泳いでしまうのが止められない。

良くはないが、堪えてみせる。


 姫様の心に触れて、やっと空虚な心が満たされたのだから。

何よりも、私はあの方に見捨てられてはいなかった。

もちろん王女だった頃の姫様の話はしない。

苦しかっただろう出来事の数々を、どこまで覚えているのかわからないし、姫様自身もあえて話そうとはされないから。


「仕方ないから、もう行くわ。

君は私をこちらに留めた真の功労者だもの。

1度だけ見逃してあげる。

私の完全なる復活の邪魔さえしなければ、人である君の残りの人生で、二度と会う事もないでしょう」


 言うが早いか、消えてしまった。


「随分とあっさり……」


 思わず眉を顰めて独り言ちる。

悪魔の引き際としてはあまりにも……。


 ジャビは王女だった姫様の髪に宿っていた魔力を使って復活した。

それを実行したのは、前々王妃だったスリアーダ。

スリアーダは復活させた直後に魂を食われた。


 けれどそうさせたのは……他ならぬ私だ。


 姫様が死してからも、それを認められなかった私は、姫様と過ごした小屋に戻った。

その間、離宮には誰も来なかった。

共に居たのは番犬代わりに姫様が育てていた、マンドレイク旧友


ベルジャンヌ最愛を奪われて憎いだろう?

この国は真の救世主たるお前の最愛を悪者にする事を選んだ。

保身に走ったのだ。

我を復活させるなら、亡き者を蘇らせる機会を与えてやろう』


 不意に聞こえてきたのは、嗄れた声。

恐らくジャビの本来の声だろう。

言葉の意味はすぐに理解できた。

腐りきった王家と四公のやりそうな事だ。


 これについては今も許せない。

何が光の王太子だ。

あの王太子こそが魔法呪を完成させ、悪魔を召喚したというのに。


 けれど姫様を喪ってからこの時までは、姫様がいたからこそ燻るに留まっていた、全てを憎悪する気持ちよりも、置いて逝かれたというやり場のない悲哀と虚無感の方が大きくて。

姫様と過ごした思い出に浸りながら朽ちてしまおうと、小屋の前で飲まず食わずで旧友と座りこんで過ごしていた。


 なのにあの時、憎しみ燻りに火が灯ってしまった。


『……姫様を……本当か?』

『ほら、贄が来た。

最期までお前の最愛を虐げる事しかしなかったアレを使って、まずは我の魂が留まる体を与えてくれ。

ほら、手にしているのはお前の最愛の髪だ。

残り少ない我の力を受け入れてくれ。

お前の最愛を復活させ、その功績に相応しい地位も、貶された名誉もお前自身が与えられるようにしてやろう。

最愛もお前自身を、今度こそ男として愛するはずだ』


 あの時朽ちた離宮に罪人のようなボロボロの姿でフラリと現れたのは、スリアーダ。

艷やかだった真っ赤な髪はボサボサになり、汚れてくすんだ赤に。

長年姫様に向けてきた憎悪を滾らせる赤紫色の瞳は殺気立ち、血走っていた。


 私の胸に灯った火は燃え上がり、憎しみが……大きく爆ぜた。

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