400.王女からの手紙〜ミハイルside

『何を言って……何故……こんな……ベル、嘘だ……嘘だと……』


 初めは言葉を理解できなかったように呆然としていたが、やがて見えない何かを見るように周囲を眺める。

徐々にその瞳が絶望に染まって……力なくガクリと両膝をついた。


 その瞳は俺の知る祖父の色ではあったが、妙な透明感を感じさせた。


 そこで景色は歪み、俺の意識は現実に戻る。


 それからは視界が忙しくて、正直頭が割れそうになりながらも、何とか母を救わねばと、せめて悪魔の魔力らしき赤黒い何かに絡み取られた状態だけでも何とかしようと、適性度の低い聖属性の矢を放ち続けた。


 結局、妹が聖獣ドラゴレナらしきマンドラゴラに呼び出されてから、ほどなくして意識を失ってしまった。


 余談だが、妹と契約していた聖獣ヴァミリアと同じくかなり破廉恥な方の小説の読者だと後から知らされた。

この類の小説に、これ以上の聖獣の読者はいない事だけは確認した。

いなくてほっとした。


『女体盛りならぬ、男体盛りも素敵……あらあら?

その目……眼精疲労に効く御神水をどうぞ。

お祖父様と早めにお会いになった方がよろしいわ』


 目覚めた俺に暫しの間、御神水という名の音波狼のヒレ酒風が入ったジョッキを見つめてから差し出した妹が、そんな事を言っていた。


 俺とレジルスは神殿の食堂のテーブルに寝かされ、何故か体の上に料理を盛った皿を載せられていたと、その時になって気づいた。

飛び起きて大惨事を引き起こしたらどうするつもりだったんだ……。


 しかも食堂という空間が、浄化中かと思うくらいに金銀に煌めいて見えた中、ベロベロに酔ったファルタン嬢と、神官数名に拝まれているという、衝撃的な光景だ。


『腐信者が増殖……』


 レジルスのドン引きした呟きをキャッチして、どんな状況だったか未だに理解不能ながら、つっこむのは止めた。

嫌な予感しかしない。


 四大公爵家嫡女である妹は、服に穴を開け、臍を出して給仕に徹していた。

意味がわからない。


 魔力が枯渇手前で皿をどうにもできず、すぐに駆けつけて想い人俺の妹の腹を隠せなかったからだろう。

レジルスが鋭い眼光でベロベロ集団を睨んでいた。


 状況が混沌とし過ぎている。


 妹の腹の厚みが元に戻っていたが、魔獣の卵はどこへ行った?

何が入っていたかは、未だに教えてくれない。


 そもそもどうして俺の目を見て、祖父に会えと言ったのか、その時は色々と意味がわからなかった。

状況が整理できた今は、あの夢の祖父の瞳と関係していると考えている。


 これも妹が生まれてすぐの頃から記憶を持っているから、知り得た事だろうか?

妹への謎が深まる。


 妹が最初に差し出した酒は、香ばしく香りながらも妙に甘く、それでいて酒精が強かったのか、飲んだ途端に目が回った。

治まるとそれまで見えていた、人の記憶の残滓や感情、魔力らしき何かが視覚として見える事はなく、食堂内の煌めきも消えていた。

物凄い頭痛と吐き気も治まった。


 あの赤黒い何かや、その場にいた者達の、多分心情の変化で体から色とりどりの靄のような何かが噴出したり、魔力が妙に色濃く見えたりと視界が賑やかで、頭が処理しきれなかったのが影響していたのかもしれない。


 酒を飲む前、俺を覗きこむ妹の瞳に金環や、顕になっていた腹に白銀の文字が見えたが、多分教皇の記憶の残滓が目を誤作動させたんじゃないだろうか。


 その後は……自分でも何故そんな行動をとったのかわからないが、ファルタン嬢含むベロベロ集団に取り囲まれ、言葉そのまま拝み倒され、勧められるまま酒を口にしていた。

次に起きたらロブール邸の客室にレジルスと2人で転がっていたから、雰囲気と酒にのまれたんだろう。


 2杯目の酒からは甘さがなく、酒精に目眩がするほどの強さもなかったというのに……不思議だ。


「はあ……何が起こったんだかな。

ん?」


 独り言ちつつ、瞳に集中した魔力を散らせようと首を振った時、久々に視界に残像が映った。

男性のような手が、壁のある部分に触れる。


 すると壁の一部、本1冊程度の大きさの壁がクルリと回転した?!


 映像にまさかと思いながら、同じようにしてみるも、動かない。

今度は魔力を手に纏わせて壁を探れば、魔力を使った鍵の感覚。


 ゆっくりと魔力を鍵穴に通し、どの属性か探る。

すると俺の持つ属性で1番適性度の低い聖属性だと判明した。


 むしろ低い事が功を奏したようだ。

この鍵穴はコントロールさえできれば、むしろ通す量は少なくて良いタイプ。

下手に魔力を多く通して力任せに解錠していたら、穴が潰れて二度と開かなくなっていた。


 そこから何通かの手紙と、家族が描かれた古びた絵を見つける。

両親と、恐らく兄と妹の4人が描かれていた。


 色褪せた絵には、桃金の髪、紫の瞳をした母親と息子。

そしてクリーム色……いや、白桃色か?

白桃色の髪と藍色の瞳をした父親。

父親譲りの髪色に、紫の瞳の娘。


 教皇の記憶の中のベルジャンヌは、この4人の人物達の色味と面影を掛け合わせたような外見ではなかっただろうか……。


 ふと、何通かの手紙の中に、白い封蝋を見つけて取り出す。

蝋印は……リコリス?


 好奇心から中を確認する。


【チェリア伯

貴公の娘は存命。

月満ちる日、教会に集う流民の中に紛れる。

娘も迎えも、流行病から必ず守る。

保護して欲しい。】


 差出人の名はない。

内容も簡素。

だがベルジャンヌ王女からの手紙だと、直感した。



※※後書き※※

いつもご覧いただきありがとうございます。

フォロー、評価、応援、コメント、レビューにやる気をいただいてます。

本話は少し長くなりましたが、これにてミハイルsideは終わりです。

本章終わりまで、あと少しお付き合い下さいm(_ _)m

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