399.運命の恋人達?〜ミハイルside

『今すぐ僕達への命令も、そのふざけた魔法も解除して!

王族らしい扱いなんて一度もされてこなかったじゃないか!

ベルが義務なんて負わなくていい!

こんな国、もう無くなっちゃえばいいんだ!

だから……だから……』


 あの稀代の悪女とは人違いだろうかと思い直したところで、そんな声と共に景色が変わった。


 俺は先程より高くなった目線で、廃墟の入り口らしき場所から中を覗いている。


 視線の先には、宙に浮く九尾の白い狐。

金の散る藍色の瞳には、絶望と悲嘆が垣間見える。


『初めての命令が、こんなのでごめんね、キャス。

でも王族だからじゃないよ』


 そう告げたのは先程よりも成長した少女。


 少女の飾り気のない簡素な服は、まるで何かと戦った後のようにボロボロ。

片方だけが不自然に短い髪と、破れた服の隙間から垣間見える素肌を見た瞬間、事態は深刻な状況だと、すぐに察した。


 相変わらずの痩せた体には、禍々しく赤黒い文字が火で炙るかのようにして、現在進行形で肉を焼きながら刻印していく。更にその刻印を追いかける形で、白銀の炎もまた、上書きしていた。


 どちらも見た事のない文字だが、随分と昔に消えたという、古代文字か?


 なのに少女はその口調だけでなく、表情すらも穏やかで……。


 屋根が消し飛んで顕になった空から、清々しい陽光が差してきて、少女に注がれる。

見るからに痛々しく、体が震える程壮絶な痛みに耐えているのが一目でわかるのに……どうしてそんな表情でいられるのか。


 その凪いだ瞳から、自ら生を選択しようとする意志は感じられない。

とはいえ絶望もなく……そう、例えるなら疲れ切っているような……。


 部屋の隅では、顔を腫らして泣きながら丸くなっている青年。

青年の髪色は薄緑銀。

腫れた瞼から僅かに垣間見える瞳は空色。


 ……稀代の悪女を悪魔ごと倒したという、かの有名な光の王太子と同じ色味。


 他に四公の嫡子嫡女を連想させる色味を持つ者達も数名いた。

彼らの表情からは恐怖と後悔が窺える。


 その中で、一瞬妹かと勘違いしてしまいそうになった1人の少女だけは違った。

何かを願うように切実な顔で、一心に朝日に照らされる白桃銀の少女を見つめている。


 俺は状況に戸惑うも、白桃銀の少女はベルジャンヌ王女、桃金の少女は俺の祖母、シャローナだと察した。


『聖獣の契約者だから。

君達の主である事が、私のたった1つの矜持で、喜びだったから。

大丈夫、また逢える。

絶対逢いに戻ってくるから、今は逝かせて。

愛してる……キャスケット、ラグォンドル』


 君達?!

まさか聖獣2体以上と契約しているという事か?!

キャスケットとラグォンドル……聖獣達の名前だ!

稀代の悪女、ベルジャンヌが?!


『いつかこの国に戻って来るよ。

その時は私を見つけて。

次は穏やかに、何にも縛られずに、一生一緒に……笑って暮らしたいな。

だからそれまで、いつか私達が再会するこの場所を護っていて。

お願い』


 そう言って穏やかに微笑むベルジャンヌ。

その顔がどうしてか、シャローナ祖母に似ていると感じる。

そういえば金環を除けば、その瞳の色も……。


 それからも自分の知る話とは全く異なる光景が続き、ベルジャンヌは白灰となった。

以前目にした事のある青銀の竜が現れて、灰山と共に消えてしまう。


 ただの夢だ、妄想だと思う自分に、直感は否と告げる。

少なくともこれは嘘偽りなくこの体の主が、恐らくは教皇が体験した記憶だと、そう理解してしまう。


『ベルジャンヌ様!』


 突然金髪の男に勢い良く押し退けられ、教皇は倒れて尻もちをつく。


 何者かはズカズカと中に入り、泣きながら立ち竦む祖母の両肩を掴んで、険しい顔__いや、必死の形相で乱暴に揺すった。


『ベルジャンヌ様は?!

ベルはどうした?!

無事なのか?!

早く答えるんだ!』

『ソビ、エッシュ様……ごめん、なさい……ベルジャンヌ様……うっ、うっ、お亡くなり、に……』


 ソビエッシュ祖父だと?!


 祖母運命の恋人に接しているとは思えない、乱暴な口調と態度にあ然とする。

それにベルと愛称で呼ぶ仲だったのか?

ベルジャンヌ王女を優先しているかのような、むしろその焦燥からは、婚約者であった王女こそを愛しているかのような、そんな振る舞いだ。

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