398.埋葬と祖母の生家〜ミハイルside

「ここが……」


 晴れた日、俺の父方、母方、双方の祖母達の生家を訪れ、ため息を吐く。

あの教会の一件があった翌々週、研究発表を何とか乗り切ってから数日経つ。


 正に怒涛の日々だったが、やっとひと息つけた。

後は簡単な書類整理のみ……疲れたな。


 母ルシアナは、離婚によってロブール家から籍を抜いたものの、母方の祖父__母にとっては父親から名前だけとはいえ出戻りを拒絶され、このままでは無縁墓地に埋葬されるしかなかった。


 けれどシャローナ=ロブール俺の父方の祖母によって、ここ、チェリア伯爵家の墓地に埋葬される事が決まった。


 もっともこの遺骨が母のものかどうかまではわからない。


 ただこの遺骨を俺に渡してきたのは、あの魔法以外に興味のない魔法馬鹿だ。

離縁した元妻の遺骨を、意味なく俺に渡してくるはずもないと思えば、信じて良いだろう。


『お母様の生家にお断りされたら、お祖母様にお願いして、遺骨はチェリア家に引き取っていただいてはどうかしら』


 微かな憂いを秘めた顔で、遺骨の入った小さな骨壺にそっと触れた妹は、母の生家が拒否する事を見越していた。

妹が生まれた時の経緯からか、母親とその生家は絶縁に近い状態だと知っていたらしい。


 魔法呪事件が起こったあの日、妹には産まれた頃からの記憶があったと、にわかには信じられない話を聞かされている。


 ただ妹が血の繋がった母方の祖母から、生まれを否定された事に起因する話だ。

真偽は妹に直接確認せず、当時の産婆に確認した。

答えは是だった。


 そうして先程、母の遺骨と共に直接赴き、チェリア伯爵家の墓地への埋葬を見届けた。

せめて最後くらいはと思ったのは、息子としての思慕と母への哀愁からだろう。


 その足で管理だけを任せてある祖母の生家に足を運んだのは、母の転籍や墓地の管理に必要な書類が、この邸にあると聞いていたからだ。


 チェリア伯爵家は名目上、祖母の預かりとして名前だけが残っている。

しかし祖母が誰にも引き継がせずに亡くなれば、完全に消える事が決定している。


 王が認めさえすれば、貴族が複数の爵位を持つ事もある。

女性としては珍しいが、前例は存在する。


 祖母は祖父と結婚してから、チェリア伯爵家を訪れていない。

最後の当主となった俺の曽祖父祖母の父親が亡くなってからは、定期的に人を入れて邸を管理しているだけだ。


 祖母から預かった鍵を持ったまま、書類を保管してある部屋に入る。

この鍵を持っていないと部屋に入る事ができないよう、仕掛けが施されている。


 見回し、ここは当主の使っていた書斎だろうと思ったところで、瞳に魔力が集中する。

またか。


 あの屋上での魔法呪の一件以降、時折そんな感覚はしていた。

今ほどは気にならない、小さな違和感だった。


 けれどこの瞳に映る景色が明確に変わったのは、あの教会の地下で教皇の魅了の魔力を浴び、ジャビというローブを深く被った女と再び対峙してからだ。


 初めはジャビからおぞましさを覚える赤黒い靄が発せられるのが、薄っすらと見えただけ。


 しかし徐々にソレは色濃くなり、同時に教皇自身からも立ち昇っている事にも気づく。

教皇の魔力の中の魅了の力に交じる赤黒さも、何故か俺の目には映る。

魅了とは自覚なく囚われるものだと聞いていたのに、と内心首を傾げていた。


 ジャビが消え、レジルスと共に教皇の魅了の力に抗いながら魔獣達と戦っていたものの、母の変わり果てた姿に動揺し、魅了の力にのまれた。

それでも抗っていた時、目が熱くなると同時に痛む。


 その時だ。


『リリ。

君の名前。

名前がないのは不便だろう。

私の印章は、本当は白のリコリスなんだ。

君の髪色はリコリスみたいだし、リリでどうかな?』


 突然、自分より背の高い少女が現れて尋ねられ、戸惑う。

白桃に銀の混じった髪色をした少女の表情は、どこか冷たく無機質さを感じさせる。


 少女の瞳は、俺のよく知る藍色。

違うのは虹彩だ。

正確には虹彩の外側に古の王族が宿していたと伝え聞く、金環が浮かんでいた事。


 この少女はもしや……。


 思い浮かんだのは稀代の悪女、ベルジャンヌ。

王族でありながら魔法の才に乏しく、性格は傲慢。

婚約者を奪われ、嫉妬に狂って悪魔を呼び出したと広く知られる王女。


 しかし目の前の少女は、簡素で平民のようにくたびれた服を身に着けていて、とても王族には見えなかった。


 それにのリコリス?

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