386.植物〜レジルス

「ひぎゃぁぁぁ!」


 断末魔のように叫んだ元夫人は、ジャビが干渉して刺さった矢と同じ色となった魔法陣に倒れこみ、姿が消えた。

転移したようだ。


 それと同時に矢が貫通した俺達の障壁は、貫通した所から無効化されていき、こちらも消えてしまう。


「おやおや、偶然とはいえ逃げられましたか」


 そう言った教皇の手には更にもう一本、赤黒い槍が握られていた。

いつの間に……。


「こちらもそろそろ本領発揮といきましょう」


 教皇から立ち昇っていた黒煙が、一瞬でその体内へと戻れば、体がグンとひと回り大きくなった?

白地に銀の刺繍が施された、神職特有の上着カズラからでもわかるくらいに、逞しい体型へと体が変化する。


 教皇は更に身を屈める。

するとその背が服越しに盛り上がりを見せ、ややあって、勢い良くその胸を張る。


 動きに合わせて背中の服を突き破ったのは、赤黒く、一目で硬質とわかる羽根を纏う翼だった。


「「ぐあっ」」


 途端に呻いたのは、俺とミハイル。


 ミハイルの干渉を受けて抑えられていたらしい魅了の力が、暴力的なまでに俺達2人を襲ってきたからだ。


 頭がグワングワンと揺れるかのような、これまでと比にならない衝撃と、崇めたくなる暴力的な衝動が胸の奥底から湧いて、制御できない。


「何とも滑稽ですね」


 教皇の侮蔑の混じる声音が、どうしょうもなく愛おしい……欲しい……見つめられたい……。


 俺とミハイルは崩れるように両膝をつき、衝動のままにひれ伏しそうになる。


「その状態でもまだ抵抗しますか。

腐った血のくせに……」


 言外に忌々しいと伝わってきて、申し訳なさと共に、許されないなら死んで詫びるべきだと衝動が告げる。


「そうですね。

あの方の死の元凶であるあの異母兄の血を引く王子が1人いなくなっても、問題はありませんね。

レジルス第1王子殿下」

「……はい」


 ああ……俺の名を呼んでくれた……。


 幸福感に包まれて顔を上げる。

映る侮蔑と嘲りの混じるその表情が、愛おしい。


「自害なさい」

「……もちろん」


 もう片方の上着の袖に仕込んでいた小さな暗器短刀を手にし、首筋に添わせて掻き切ろうと力を入れた。


 その時、隣のミハイルが腕を伸ばして俺の手首を掴む。


「駄目、だ……レジルス……」


 途端に幾らかの意識、いや、意志が戻る。


 俺は何をしようとしていた?!

そもそも俺がひれ伏すのは……ラビアンジェ=ロブールだけだ!


 バッと短刀を投げ捨てた。


「ぐっ」


 ミハイルは俺に魔力を流したせいで、抵抗力が弱まったのか、呻いて地面に両手をついてしまうが、それでもまだ抵抗は続けている。


「はあ、困りましたね。

自我を壊して魅了で傀儡にしようかと思いましたが、これでは死んでいただくより道はなさそう……」

「やれやれじゃ〜ん」


 突然、能天気に明るい声が俺達の近くから聞こえた。


「……何、です?」


 何だ?

これまで余裕の笑みを浮かべていた教皇の表情が、驚愕した物に変わった?


「驚きすぎじゃ〜ん」


 じゃ〜んの時に木や葉が擦れてジャララランと奏でているような音が、それとなく響く。


 どこからかとその声の主を探して視線を彷徨わせれば、ちょうど教皇と俺達の間に……植物の苗?

いつ生えた?


「何故……あなたが……」


 あなた?

知り合いか?

どう見ても、それは植物なんだが……。


 教皇は驚きすぎたのか、明らかに魅了の力から意識を削いだ。

そのお陰か、ミハイルも両手を地面から放して顔を上げた。


 植物は子供の膝丈程の高さで、根本が木化した青みがかった紫緑の茎と枝葉をしている。


「久しぶりじゃ〜ん。

感動に震えろじゃ〜ん」


 どうでもいいが、じゃ〜んの言葉で枝葉が揺れて、音を奏でていたらしい。


 その話から、やはり喋る植物と教皇は知り合いだったと確信する。


「今まで何処に……いえ、それよりも今更何の用があって……まさか……」


 何かにハッとしたかのように、教皇の顔色が変わる。


「はっ……また、止めに来たんだな」


 乾いた笑いの後、傷ついたような、やりきれない怒りを滲ませる。

恐らくこれが教皇の素の喋り方だろう。

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