387.バ〜イブ〜ル!〜レジルスside

「だが、もう手遅れだ」


 教皇はそう言い捨てるが早いか、手にしていた槍を植物に向かって放つ。


「無駄じゃ〜ん」

 __ジャラララ、ボフン!


 植物の枝が葉を揺らして音を立てながらしなり、槍が当たる前に叩き落とす。

しかし枝が槍に当たった瞬間、白い湯気が立ち昇るように槍が消えた。


 槍を浄化して掻き消したかのように見えたが、状況の意味がわからない。

一瞬の事だったから、見間違いかもしれない。


 チラリとミハイルを見ると、不可解だと言うように、眉を顰めている。

俺と同じように見えたからか?

しかしその表情から感じる戸惑に、俺は違和感を持ち、その瞳を覗く。

菫色がやけに澄んだような、透明感をもっている?


「ふん、ただの魔獣が随分と力をつけたか」


 恐らく植物と既知の仲だからか?

教皇はこれまでで1番感情を表に出している。


 明らかに殺意を孕む声に、視線をそちらへ戻す。


 教皇はそう言い捨ててから、両翼をはためかせて宙に浮く。


 そうしてすっと左手を前に突き出すと同時に、翼を植物に向かって激しく羽ばたかせる。


 すると翼は強風を生み、艶を増し、明らかに刃物のような尖りを見せた赤黒い羽根が、その風と共に植物を襲う。

更に突き出した手からも、槍が飛ぶ。


「まだまだじゃ〜ん!」


 が、その場から動かない植物は、余裕の声だ。


 枝が素早く動いて槍も羽根も叩き落とす。

教皇も今度は負けじと再び手に槍を持ち、枝を幾らか刈り落としながら攻撃を仕掛ける。


「ふふん!

おいら頑張ったじゃ〜ん!

お前が悪魔と契約して力を得た時から、おいらは止めさせる方法を探したじゃ〜ん!」

「はっ、たかが魔獣が戯れ事を!

私は自ら望んで力を得たんだ!

あの方を復活させるまで、悪魔の影響がどれだけあろうと得た力を手放すつもりはない!

あの方に従魔契約すらされなかったお前に、あの方を救う事すらできなかった非力なお前に、今更何ができる!」


 攻撃する教皇の体から黒い煙が昇り、吸収されては体躯が大きく、逞しくなっていく。

肌の色が褐色へと見る間に変わる。


「ジャラジャラと煩い葉だ!

魅了の影響を音で中和させるか!」


 教皇の忌々しげな言葉で、ハッとした。

教皇の体から黒い煙が上がる度、魔力に宿り発せられる魅了の力が強まっていた。

その影響を全く感じなくなっていた事に、言われて初めて気づく。


 あの植物は本当に魔獣なのか?

魅了などという固有の魔力とも言える稀有な力を、それも契約したらしい悪魔の影響を受けて増したその力を、魔獣が葉の音で中和するなど聞いた事がない。


「ふふん、おいら頑張ったって言ったじゃ〜ん!

それにおいらはお前に、悪魔との契約を破棄させるじゃ〜ん!

でないと顔向けできないじゃ〜ん!

でも後で一緒に怒られるじゃ〜ん!」

「はっ、笑わせるな!

悪魔の力は私の魔力と融和して混ざり合っている!

今更契約を破棄などできない!

だがあの方を復活させない限り、契約も履行されず、悪魔に私の魂を魔力ごと食われる事もない!

あの方が復活し、本来就くべき地位を得るなら、私の魂が食われて永劫の責め苦を味わう事すらも、本望だ!」

「そもそもそんなの本人は望んでないじゃ〜ん!

やっぱり実力行使してやるじゃ〜ん!」

「何度も笑わせるな!

できるものなら、やってみろ!」

「言ってくれるじゃ〜ん!

やってやるじゃ〜ん!

ヘイ、カモン!

我が、バ〜イブ〜ル!

ルァ〜〜〜ビィ〜〜〜!」

「「は?」」


 ミハイル共々、間の抜けた声を出してしまう。


 ルァ〜ビィ〜?

 ラ〜ビ〜……ラビ……アンジェ?

 いや、まさか……な?


 惚れこみ過ぎて、すぐに関連付ける癖をどうにかしないとな……ミハイル、お前もだぞ。


 顔を見合わせてナイナイと、互いに首を振り合う。


 植物の目の前に白く輝く魔法陣……見覚えがとんでもなくある人影が真ん中に……え?

 

「またまたカンパ〜イ……って、あらあら?」


 つい少し前に逃がしたはずの公女が、ポンという軽やかな音と共に現れた?!


 相変わらず膨らんだように見える腹に亀鼠をへばりつけ、左手に大きな瓶を抱え、右手のジョッキを高々と宙に掲げている?

カンパイ……乾杯?

明らかに上機嫌で、これから酒宴でも開始しようかとするかのようなポーズで立って……。


 またまた?

何回乾杯していたのだ?

酒宴はとっくに開始していたのではなかろうか?


 この短時間で、公女は何を引き起こしていというのか?

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