383.悪魔のルール〜レジルスside

「何をするつもりです?」


 訝しげにジャビの方を見やる教皇に、しかしジャビは答えずに唇の孤が深まる。


 するとまるで答えだと言うように、今度は右側の無数の魔法陣が、禍々しさを覚える赤黒さに鈍く光り、そしてこちらも集合して1つの大きな魔法陣となった。


 この赤黒い魔法陣からまず現れたのは、カギ爪のついた緑がかった大きく長い手足の指。

俺の腕くらいの長さの、幅の広い肉厚の魚を捕まえて爪を立てているな。

そして細長い腕と脚、胴……トカゲの魔獣のようだ。


 背丈の大きな駆体が出た後、最後に胸部から首が現れた所で、後ろに仰け反っていた頭部が勢いよく前方にガクッと出てきた。

かと思えば、手にした魚に食らいつき始めたではないか。


 長い黒髪がバサッと顔にかかってどんな顔か見えないが、頭部が随分と小さいな。

どうやらこの魔獣は頭部だけが人間のようだ。


 自我はあまり無いように見えるが、こちらも随分とむごい光景……。


「はは、うえ?」


 不意にミハイルが、呆然自失の様子でかすれた声を出した。


「ちゃんと家族と対面させてあげないと、可哀想でしょう?」


 母に、家族?


 2人の言葉に、眉を顰めながら、体の大きさに対して不自然に小さな人間らしき頭部を凝視する。


 ……あの魔獣の傷だらけの顔……まさか……。


「おかな、すいた……ごはん……たりない……」


 この、声は……。


「母、上……」


 今度はいくらかハッキリとした、しかし愕然とした口調でミハイルが公爵夫人に一歩踏み出した。


「ミハイル」


 警戒を怠るなと語尾を強めたものの、間違いなく聞いていない。


 ミハイルが水に流していた、聖属性の魔力が止む。


 次期当主としては、心の中で縁を切っていたはずだ。

だからずっと、あの女や公爵夫人と呼んでいたのだろう。


 だが息子としては、衝撃的な光景となっているに違いない。


「やれやれ。

一体何をしたんです?」


 そんなミハイルの様子など気に止めるはずもなく、教皇は呆れた声でジャビに問う。


「私は何もしていないわ。

ただ海に沈んでいたのを、ついでだから貴方が海と繋げた魔法陣を介して、連れてきてあげただけよ?」


 クスクスと笑う声音からは、ただ楽しんでいるだけの、何の悪びれもしていない事が伝わってきた。


「そもそも体の方はどうしたんです?

使い物にならない軽い頭部より、高位貴族である体の方が使い道があったでしょう」

「ああ、そっちは別で使い道があったから。

使い道のない頭ゴミガラクタになりそうな体ゴミを繋げて、無駄な延命をしてあげただけよ。

死体を使って遊ぶだけなら、私も大して制限はないもの。

でもほら、お陰で隙ができたわ」


 ジャビが言うまでもなく、ミハイルは体の緊張感を解き、感情がごっそりと抜けた表情で無防備に突っ立ってしまった。


「チッ、ミハイル!」


 すぐさまミハイルの肩を掴んで、強く揺する。

しかしミハイルは教皇の魅了の影響をまともに受けたようで、目の焦点が合わない。


 その上水に聖属性の魔力を流して結界に絡みつく先代教皇への、水の飛沫を使った攻撃を止めてしまう。

当然、そのせいで先代教皇の結界への解除が、勢いづいていく。


 更に俺にも魅了の力が、むしろ強まりながら襲い始めた。

それに抗いながら、結界を維持する事に集中力が持っていかれ、完全なジリ貧状態に突入だ。


「それじゃあ、これ以上は手出しできないから行くわ。

せっかく面白そうなのに、あまり長く直接的に関われないのが残念だけれど。

せいぜい失敗しないようにね」

「ふん、悪魔などに言われなくとも」


 ジャビの姿が煙のようにかき消えた。


 転移なのだろうが、悪魔は我々が使うような魔法とは異なる力を使っているのか?

俺の知る転移とも違う力を働かせて消えた事だけは、本能的に理解した。


 それよりも、確か屋上で初めて対面した時、顕現するのにも制約が発生すると言っていた。

今も長く直接的に関われないと……悪魔には何かルールがあるという事か?


「さて、レジルス王子。

最後まで耐えているのは流石と言うべきでしょうが、貴方の方もそろそろ悪あがきは止めていただきましょうか」


 どうやら悪魔への考察はここまでにした方が良さそうだ。

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