382.タコと人間〜レジルスside
「ああ、他にも面白いとっておきがあるんですよ」
その言葉に左の壁の無数の魔法陣が、それぞれの側で1つになり、大きくなった。
まず出てきたのは吸盤の付いた、太くうねる触手のような足。
それは数を増していき、次に人の胴が、胸が、そして上半身全体がくねらせながら現れる。
下半身はタコと呼ばれる海の生物だろうと推察する。
しかし腕の無い、やはり水膨れした青白い上半身は、人間だ。
途端に生臭い臭いが鼻をつく。
「ぁあ……ぅ……ご、ろし……ゆるじ、て……」
全身ずぶ濡れで、目から涙らしき液体を流す魔獣は、かろうじて人の言葉で教皇に向かってくぐもった声で懇願する。
何とも吐き気を覚える光景だ。
しかし教皇はこれまでの涼やかでにこやかな態度を一変させた。
瞳には憎悪を宿らせ、魔獣に向かって冷淡に告げる。
「許されたいなら、あの方を蘇らせてみろ。
そうでないなら、いや、そうであっても許しなどしない。
懇願する権利すらお前にはない。
無様に残飯で口を閉じておけ」
荒い言葉でそう言い捨てれば、吸盤のついた足が動いて、器用にも炭となって落ちていた残骸を拾う。
「……ぃや、やめ……ぅぐっ……ぅぅっ」
抵抗するように逃げる上半身の口に、脚は押しこんで、教皇の言いつけを実行した。
「ははは、仮にも自らが神であるかのように、傲慢に権勢を奮った先代の教皇だったではありませんか。
見苦しい真似はおやめなさい」
元の穏やかな雰囲気に戻る教皇が、逆にこの光景に
となりのミハイルの顔色も、随分と悪くなっている。
しかし何故こんなにも、感情が揺れているのか……。
「先代、教皇だと?」
懐疑的な声で呟いたミハイルもそうだ。
隣に立って冷や汗を流しているが、俺達は何度も酷い場面を経験し、実戦も積んできている。
そこでハッとして、自分の周囲の魔力を鑑定で分析していき、異常の正体に気づく。
「ミハイル、教皇の魔力には精神に干渉する力がある。
それもかなり厄介な類の、魅了だ」
「……くっ……それで」
すぐに2人して、精神系の魔法を使おうと体内の魔力を動かす。
「させませんよ」
しかし教皇がそれを邪魔しにかかった。
腕を一振りすると俺達に向かって左右の滝から、水の
瞬時に結界の維持の方に、意識を持っていかざるを得なくなる。
それに加え、蠢く吸盤のついた足が結界に貼りつき、壊そうと締め上げた。
そればかりか苦悶の表情を浮かべる上半身が、結界に額を擦りつけて干渉し、解除まで試む。
仮にもと言ったのは現教皇だが、確か先代の教皇の得意な魔法は解呪だ。
魔力の保持量は見る限りそうでもない。
しかしかつて呪いの類を解呪する腕が、抜きん出ていたと耳にした事がある。
つまり当然だが魔法を解除、もしくは無効化する技術には長けているという事になってくる。
俺の結界への干渉力が確かに強い。
このままでは努力を強いる集中力の持続が途切れ、結界が解けてしまう。
そんな様子に気づいたミハイルも、内側から外側の水に干渉して聖属性の魔力を流す。
余裕の笑みを浮かべて向こうに佇む教皇の、敵味方関係なく攻撃を仕掛ける飛沫を使い、貼りつく先代の教皇とやら諸共、うねる足を攻撃する。
それにしてもコレが、先代の教皇の成れの果て……。
憎悪を滾らせるあの黒い瞳の教皇の、一体どのような逆鱗に触れたのだ?
「……ぅ、く」
ミハイルが呻く。
それはそうだ。
ミハイルの聖属性の適性度は、他の魔力に比べれば低い。
使えない程低くはないが、得意な属性と比べれば、使用する際の集中力の差は歴然としている。
特に今は教皇の魔力の干渉にも抗っているのだ。
俺の方は、以前に魔法呪化しかけた影響からか、いくらかバラつきのあった属性が、今では全て均等となり、体に流れる魔力保持量も増えてしまった。
「……だす、げ……」
ブツブツと呟く上半身がへばりついている部分の結界を補修がてら聖属性の魔力を練り上げて強化していけば、無数の足の力が弛み始めた。
が、その時だ。
「そういえば、忘れていたわ」
それまで無言で教皇の後ろに控えていたジャビが、手をパン、と鳴らしたのは。
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