381.尊厳〜レジルスside

「海で飼っていましたから、直接こちらへ転送しました」


 あくまで涼やかに、にこやかに告げる教皇は、何を、とは言わない。

だが口調とは裏腹に、凶悪な何かが転送されてくるのだろうとは予測できる。


「ミハイル、気を弛めるな」

「ああ、かなりの数が来る」

「それもあるが、どうにも……狙いは別にあるような気がしてならない」

「狙い……」


 意識をあの無数の魔法陣に向ければ向ける程、何かが重くのしかかり、精神の内側に侵食しようとする。

そんな感覚が徐々に強まっているようで気持ちが悪い。


 ミハイルもまた、己の内でどこか違和感を感じていたのか、思案した表情をしている。


 俺達は背を向け合い、壁に発現した滝に挟まれて水廊となった場所に立ち、次に備えて体内の魔力を高める。


 幾つかの魔法陣が揺らぎ……来た!


 まずは手の平より少し長めの魚が一斉に姿を表す。

しかし普通の魚と違い、空を縦横無尽に飛び始めた。

その背にはバッタのような、昆虫の羽。


 そんな魔獣は存在しないはずだが、新種か?

…………まさか。


「ミハイル」

「わかっている」


 短いやり取りの末に俺達は目配せし、同時に自分達の周囲に風を発生させる。


 この場にいると魔力が不安定となる為、障壁はともかく結界は張りにくい。


 かといって水属性が得意そうな教皇に対し、障壁では足下から物理的に水没されかねない。


 仮に結界で四方を囲うにしても、敵がこの魔法陣の数だけ出てくるなら、結局は魔力もそうだが、何よりも集中力の方を無駄に削られて、ジリ貧となる。


「良い判断ですよ」


 教皇の言葉を合図にしたかのように、細長い魚は体を膨張させる。

どういう原理か、体中から無数の棘が現れた。


 それに気づいた途端、無数の魚が尾を俊敏に一揺れさせ、棘が俺達の方に飛んできた。


 互いに発生させた風の勢いを強め、纏わせるようにして変容させ、うねり絡ませて俺達を中心に、小さな竜巻きを発生させた。


 棘は竜巻に絡み取られ、形状を細長く戻した魚も巻き上げて天井の岩壁へと叩きつける。

魚の肉片が降って来る前に、風に炎を伝わせて言葉そのまま、消し炭にした。


 不意にクスリ、と教皇の口元が歪むのが視界の端に映る。

何を考えているのか、まだ教皇の意図が掴めない。


 魔法陣は未だ消えず、先ほどの魚の他にも異形の魔獣が次々と出てきた。


 中には腐乱したかのような青白い、水膨れた人の手足や指といった、悍ましさを与える何かをくっつけた魔獣もいる。

体の大部分は魚や、ヒトデ、エビが多いが……。


 俺達は同時に目の前のそれらを魔法で鑑定する。

闇属性の魔法で体を繋ぎ、個々の部分に宿る意識や力を統合させているようだ。


「教皇……貴方は人為的に……それも人間までも……」

「ええ、ちょっとした実験がてらね」


 もはや顔全体を顰めたミハイルに、教皇はそう言うが早いか、魔獣達が一斉に攻撃してくる。


 ある魔獣は物理的に飛んでくるし、或いは毒液らしき液体や針を撒き散らす。


 人の一部がくっついた何かは、魔法で火球や水球、刃を放ってきた。


 魔法と物理での攻撃だ。

障壁だけでも防ぎきれず、集中力を削って自分達の周りギリギリに結界を張った。


「人の尊厳を何だと……」 


 怒りを滲ませるミハイルは苛立たしげに呟くと、聖属性の魔法で光矢を放つ。

ミハイルもかなりの集中力を持っていかれたはずだが、人為的に造った際の、闇属性の魔法を中和し、射られた魔獣は繋ぎが解けて地面に落ちる。


 俺は結界の外で浄化の力を籠めた炎を発生させ、焼き尽くす。


「その尊厳とやらを踏みにじり、未だに権勢を奮う一族の次期当主が、何を言っているのでしょうね?」


 しかし教皇はそんな俺達に、不思議そうな声で小首を傾げた。


「何の事だ」


 もちろんミハイルは思い当たりもしないはず。


 しかし俺は……かの王女の、あの微笑んだ顔が思い浮かんだ。


 それと同時に、もしや王女の素顔を知る者なのではと、教皇を見やる。

見た目はともかく、年齢的にはあり得ない話ではない。


「ふ……何も知らない貴方が、当主の座についた時が楽しみです。

もっとも、その時に自我が残っていれば、ですが」


 クスクスと可笑しそうに笑う教皇の声が、何となく頭に直に響く気がしてならない。


 ミハイルも眉根を深く寄せているのは、同じく異常が起きているからなのか?

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