374.異形〜ミランダリンダside

『公女に死なれると困りますから、まずは大して動けない方を起こしましょう』

「う、嘘……」


 教皇の不穏な声と共に、いくつかの魔法陣の光が消えた。

同時に中にいた不自然な形をした何かが、地面に倒れる音がして、やがてそれらは緩慢な動作で起き上がる。


「ひ、ひぃっ」


 教皇の言葉通り、確かに見た目は殺傷能力が低そうだったわ。

私の勘も、まだどうにか大丈夫だって告げている。


 だけれども!

悲鳴が自然と口を突いて出てきてしまう!

そんな卒倒しそうな出で立ちで、気持ち悪いし恐怖心が煽られまくりだわ!


 だって蜥蜴の魔獣なのに、人の手足がついたものや、頭は芋虫なのに胴は人という、明らかに種族違いの貼り合わせみたいな、異形な姿ばかりだもの!


 思わず壁を解除して、すぐにここから出て行きたくなった。

けれど思い直して再び鞄に手を伸ばす。


「あらあら、それは?」


 私の鞄から取り出した短いスティックを見た公女が、手をこちらに差し出す。


「第1王子殿下から、公女と行動を共にした時、もしもの事があったら使うようにと渡されました」


 そう言って公女の意図を汲み、手渡す。


「なるほど?」


 ん?

スティックにこめられた魔力が、一瞬お湯が沸くように沸騰した?

目に見えたわけではないのだけれど、そんな感覚を魔法具から感じ取る。


「これ、作動しませんわよ?

回路が焼けておりますもの」

「……へ?」


 あれ、公女の言葉が上手く理解できないわ?


 うっかり間抜けな声が口を突く。


「元々の回路を改造しているようですから、自然にショートしたのではなくて?」

「……へ?

え、えと……使え、ない?」

「そうなりますわね」


 ニコリと微笑んできたその顔は、どこか含みがあるような?


「え、と……助けは……」


 なんて半分くらい現実逃避で考えている場合じゃない!


「来ないのではなくて?」

「そんなっ」


 けれど縋る気持ちから出た言葉は、けれど公女によって無情にも断ち切られた。


「どうしたら……」


 きっと今の私の顔は顔面蒼白で悲壮感と恐怖に歪んでいるはずよ!

涙が勝手にボロボロと出てしまう。


「まあまあ、泣かないで?

ほら、まずはこれで涙を拭いて?

そうそう、ゆっくりと深呼吸しましょうか」


 公女がポケットから取り、差し出してくれた白いハンカチで涙を拭い、言われた通りに深呼吸する。


 こんな時だけれど、空気が生臭い……。


 なんて思ってる場合じゃなかった!


「公女!」


 1番手前にいて、ゆっくりと近寄ってきていた異形の1体が、公女の肩を掴もうと青白い人の手を伸ばしてきた!


 思わず叫んで公女を引き寄せようとした。

けれど私の手は空振り……。


「ていっ」


 そんな可愛らしいかけ声と共に、公女は振り向き様にその手を払う。


「よっこらしょ」


 そのまま人の足で2足歩行していた、大蜥蜴の胴に蹴りをお見舞いした?!

どうでも良いけれど、お年寄りが椅子に腰かける時のような、状況にそぐわないのんきなかけ声ね?!


 青白い人の手足の大蜥蜴は、ヨロヨロとバランスを崩して後ろで這いずっていた、芋虫の下半身で上半身が羽のない蜂の魔獣の上に倒れこむ。


「さあさあ、落ち着いたらとりあえず……埋めちゃいましょうか」


 再びこちらに振り向いた公女は、今度は悪ガキ風、そう、小説で書かれていた悪ガキとは正にこれよ、的な顔でニカッと笑った。


 ちょっと待って?


 親指を立てて、更にこちらにゆっくりと近づく一団をクイッと……まるで私にやれと言っているかのように、クイッと……。


「ほらほら、早く。

やっちゃってちょうだい」


 やっぱり私よね?!


「む、無理……」

「大丈夫でしてよ。

今はきっと……そうね、きっとこの空間に漂う魔素があの魔法陣や教皇の細工の影響で、多分、恐らく不安定が一周してあなたの魔法を強力補佐してくれるはず。

ね?」


 ね、のあたりでどうして私の頭頂部に微笑みかけるのか、さっぱりわからない。


「試しにあの奥一帯に穴を掘って見ましょうか。

次の行動は、それから決めれば良いのではなくて」

「……は、はい。

まずは穴……岩盤に……でも出来たら、きっと……」


 自分を励ますように、気力を奮い、硬くて普段の私では難しい岩盤と呼ぶべき材質の地面に、自分の魔力を馴染ませていった。

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