373.ムリムリ、もう無理ー!〜ミランダリンダside
「あらあら?
ふふふ、閉じこめられてしまったわね」
途端に感じる公女の感情は……表情共々、孫を見守るお祖母様?!
失敗する様も微笑ましいと言わんばかりの、穏やかな微笑みなんだけれど?!
「ご、ごめんなさい!
やだ、何で?!」
予想外の事態に驚愕した私は、とりあえず謝る。
な、泣きそう!
だってこれじゃあ、あの気持ちの悪い、欠損やツギハギだらけの死骸も入り混じった魔法陣ごと、自分達を閉じこめたようなものだわ!
「『ごめんなさい』!」
いたたまれなさに、また謝る。
場所が岩壁で閉塞されて反響したのか、声が二重になって耳に入るけれど、今はそんなの構うどころじゃないわ。
反響すると私の声って、幼く聞こえるのね、とか一瞬思っちゃったけれど。
「まあまあ、いいのよ?
少し張り切り過ぎただけですもの。
ね?」
私とは対照的に、落ち着いた様子の公女はいつ生まれてもおかしくない、臨月になったかのようなお腹をなでながら、私の顔……あれ?
目線が合わない?
公女の視線を改めて追えば、私の頭、それも頭頂部辺りを見つめ、ニコニコとしたり顔で頷いている?
少し前まで感じていた公女の無が、今では穏やかなお祖母様的雰囲気に?!
意味がわからな……。
『困りましたね。
いつの間に侵入者がいたのだか。
けれど魔法の使い方も、状況判断も未熟者のようです』
教皇達側との空間を間仕切りしたかのように隔てた岩壁が分厚いからか、教皇は魔法を使って言葉をこちら側の空間に直接届けてきたわ。
でも全く困っていなそうな教皇には申し訳ないけれど、私の状況判断は合っている!
だって今、私は猛烈に焦っているもの!
『ふむ、随分と固い……これは凍土ですか?
自分達ごと、その魔法陣を閉じこめるのは悪手ですよ?』
言われて初めて自分が出したはずの壁から感じるのは、冷気。
凍土?
どうしてそんな物が?
私は土壁を盾に、教皇やローブの誰かがきっとするであろう、魔法での攻撃を回避しつつ、気配を殺して土壁から離れるつもりだったの!
土壁に隠れて移動すると思わせて、実は公女を連れて向こうの2人を迂回して走り抜ける算段だったのに!
もしかしてこの場所のせい?
向こうには魔法陣がたくさん並んでいるし、この場所だってきっと魔法で細工しているはずだもの。
それにしても、どこか嘲りを含んだ教皇の声。
学園の入学式や卒業式で聞いた物とは、全然違うのだけれど?!
時々教皇から漂っていた、哀愁のような空気感ももう感じない。
もちろん教皇とは個人的に話した事なんて、1度もないわ。
穏やかで慈愛に溢れた教皇のイメージを、勝手に作り上げていただけなのも、わかっている。
でも、かけ離れて過ぎていない?!
教皇の裏の顔が怖すぎる!
「はぁ、このサイコなギャップ……滾る」
待って、公女?!
どうしてうっとり岩壁を見て微笑んでいるの?!
恍惚として……いいえ、違うわ!
いつか世に自分の小説をと、夢見る私としては、公女のこの姿勢を見習うべきよね!
これが大ヒットを生み出す小説家の……。
『ほら、まずは動かない死骸の魔法陣から試しに解除しましょうか』
「何という、ピンチな急展開。
やるやつね」
ギャー!
ごめんなさい!
この状況で公女みたいな、好奇心旺盛な子供がするような、輝く瞳にはなれませーん!
嫌な予感に、背筋が凍りつく。
未だに握ったままの公女の手を必死に掴んで、その温かさに縋って恐怖をやり過ごす。
その時、淡く光っていた魔法陣の半分が……消えた。
途端に感じるのは、異臭。
頭や心臓、腹部といった、体の重要な部分が欠損した死骸から漂っているのだと、すぐに理解した。
「ひぃっ」
小さな悲鳴を漏らして、恐怖で体がすくむ。
ムリムリ、もう無理ー!
だ、誰か……ハッ、そうだった!
『ほら、早くこの凍土の壁を解除してはいかがです?
次はまだ少しばかり動く、眠らせてある方の魔法陣を解除しますよ?』
眠らせて……ある?
鞄に伸ばしかけた手が、思わず止まる。
教皇の言葉に背後で淡く光る魔法陣へ、咄嗟に振り向き、目を凝らす。
明かりは魔法陣だけだったの。
さっき消えた魔法陣のせいで、いくらか暗さが増していた。
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