372.無感情と予想外の事態〜ミランダリンダside

「不勉強でも立場上、そうした事を知る機会は人より多いもの」


 ふと、公女の口調が少し変わっている事に気づく。

些細な変化。

けれど確実な変化……公女が背を向けているからかしら。

今まで感じられた公女の感情……全く感じない?

いえ、感じないというよりも……無、かしら?


 え、どうして?

無?

喜怒哀楽が全て消えたような……何も無いって……そんな事があるの?


 教皇もいくらか眉を顰めているから、きっと変化に気づいているんじゃないかしら?


 それよりも、公女は先々代の王妃の名前が消された理由を知っているの?

どうしてか消されたのかについては、全く触れる気配がないもの。

もし私なら、絶対にそこが気になるわ。


「そうですね、貴女の立場は公女である事に違いはない。

それも当然だったのでしょう」

「スリアーダはあなたを簡単に懐に入れたのかしら?」

「ふ……ええ」


 教皇は公女の背に微笑みかける。


「公女はあの女の性格をどう聞いていたのでしょうね?

元々の性格を考えれば、早々懐にははいれなかったでしょう。

昔から用意周到で、ようじんぶかい、

しかし姫様亡き後、あの女が世に言うところの蟄居したなどとは、当然建前でしたからね。

現実は夫であった先々代の国王に、姫様の過ごされた離宮に閉じこめられ、監視されていました。

状況的にも私に頼るしか無かったのが、良かったのでしょう」


 教皇は当時を思い出すかのように、饒舌に語り続ける。


 でもやっぱり、どこか時間を引き延ばしているみたい。


「そうそう、この顔だけでなくこの魔力も役立ちましたよ。

スリアーダは閉じこめられる際に魔力を封じられ、魔法具も取りあげられました。

私の魔力にも十二分に魅了され、信者のように私を信じてくれました。

あの女が隠していた姫様の髪の在り処も、すぐに口を割りましたよ。

髪を手に入れた私はそこの悪魔と手を組み、追いこまれたスリアーダを唆して依代にし、悪魔に体と魂を食らわせて、消えかけた存在を今度こそ顕現させ、こちら側に留める事ができました。

もちろんその間に私は教会に入りこみ、先代の教皇も懐柔していきました」

「……そう」


 公女は1つため息混じりに相槌だけを打つ。

教皇の独白のような言葉にも、未だに振り返らないけれど、やはり相変わらず感情は無いままみたい。


「あなた、悪魔の力を受け入れて、契約したの?」

「まったく、あなたはそういう事はよく知っているようですね。

もしや無才無能や不勉強というのは、カモフラージュでしょうか?」


 教皇は公女を検分するかのように目を細め、華奢な背中を見やる。


「当時の私の魔法はまだ未熟でしたから、そこの悪魔の力はどうしても必要でした。

貴女のお陰でもう時期、契約は満了となります」

「そう……」


 まだ……。


 口の中だけで呟かれた声を、耳が拾う。

まだって、どういう意味?


「ねえ、そろそろ初めてくれない?

いつまでつまらない話をしているの?

これ以上は情が湧いて躊躇していると、そう捉えてしまうわ?」


 ローブの誰かは愉しそうに口元を歪め、教皇に次の行動を促す。


 情が湧く……確かに教皇はずっと一定の距離を保ったまま、公女に近づく事もしていない。


「……は、そうですね……ええ、わかっています」


 暫くの沈黙の後、自嘲したように息を吐いたのは教皇だった。


 彼は自分に言い聞かせるように、そう言葉を発した後、公女の方へゆっくりと一歩踏み出し、右手をかざして魔力をそちらに集中させた。


 私の直感が、これ以上は危険だと告げた!

公女の足下に、多分魔法陣らしき模様が浮かびようになる!


 させないわ!


 私はすぐに公女の元へと走り寄って、公女の手を掴んで引っ張って走る。


 正直、怖くて公女の顔を確認する余裕もない!


「公女、今度こそ逃げますよ!」


 声をかけて引っ張って走れば、足下に現れかけた魔法陣が霧散した。


「何者……」

「え、どこから」


 戸惑う教皇とローブの誰かは無視して、間を遮る壁を瞬時に下から突き上げた。


「……え?」


 でも、意図した物でない、行き過ぎた魔力が魔法となって発動してしまう。

そのせいで思わず、間の抜けた声を出してしまったわ。


 何で分厚い壁が出てきちゃったの?!

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