371.意図的に消した名前〜ミランダリンダside

「それは……そう、あの方が……姫様が決める事なのでしょうね」


 どこか心許ない表情で視線を彷徨わせながら、そう答えたのは教皇。

彷徨う視線は、やがて斜め下に落ちた。


 けれどすぐに自身に宿る、憎しみを思い出したのかもしれない。

そんな歪んだ笑みを、公女の背後に向けた。


「しかし私自身がどうしても、許せないのですよ。

姫様の恩恵にあずかりながら、決して認めようとしなかった者達も、唆されたとはいえ、姫様を未だに貶し、貶めるこの国も。

だから姫様を顕現させたいのです。

姫様が私と同じくこの国を憎むのなら、いっそこんな国は滅ぼしたい。

だから私は姫様に帰って……」


 教皇はふと、言葉を区切る。


 まるでベルジャンヌ王女が教皇の元に帰る事こそが、本当の望みだと口走ったみたいに感じてしまう。


 教皇は1度口元を引き締めてから、違う言葉で言い直して続けていく。


「この国に、顕現して教えて欲しいのです。

だから姫様の生前の体に近づけるよう、パーツを吟味して集めていきました。

姫様がパーツの元となった者達に何らの感情を抱かないよう、大罪を犯した者達の中からよりすぐって集めるのは、正直苦労しましたよ。

実験する為の魔獣も、害獣と認定される類ばかりでしたから、本当に骨が折れたんですが……それもまあ、どうにか。

お陰で失敗作もたくさんできましたが、姫様が国を滅ぼしたいと仰った時の戦力用に、こうして取ってあるんです。

そうそう、顔は大事ですからね。

美しい姫様の顔を1から作り出すのに、数十年の歳月を要しました。

けれど瞳だけは……あの藍色の瞳だけは再現できなかった。

貴女を学園の入学式で一目見た時、どれほど歓喜に震えたか。

貴女のその顔立ちも、どこか似ていますが、瞳の色に金のさえあれば、本当に姫様そのもの。

もちろん金環は仕方ありません。

そうそう出るものでは、ありませんからね。

頭ごとすげ替えよう、と思わないわけでもないんですよ?

ただ、私は貴女にも同情しています。

長らく無才無能などと呼ばれて、気の毒ではありませんか。

事実無根でしたが、姫様もそう呼ばれていましたからね。

私には他人事には思えません。

それにあの守られるだけだったあのシャローナ=ロブール」


 教皇の顔から笑みが消えて……何だろう?

まるで第1王子殿下が時折見せるような、仄暗い表情になった?


「姫様の髪が貴女の祖母と同じ髪色になるなど、許せません。

だから貴女からは、瞳だけをいただきます。

目は見えなくなるでしょうが、痛みもありませんから、安心して下さい。

それに、ただでさえ無才無能と言われて軽んじられているようですからね。

ロブール家から放逐されるなら、お詫びも兼ねて私が囲ってあげますよ」

「……そう。

あなたは既に人体実験までもしたのね?」


 一通り話し終えた教皇の言葉通り、奥を見つめている公女の視線の先には、欠損した人の体も確かにある。


「ええ。

あの方の死の一旦に関わった、先代の教皇や上位神官達。

そしてあの女……先々代の王妃をね!

爽快でしたよ!

あの女が隠し持っていた、あの方の白桃銀の髪の毛。

それを見つけて、依代となった後、ゆっくりと自我を侵食されて体を乗っ取られていく樣!

あの時の絶望した顔を、あの方にも見せたかったですね!」


 どこか興奮したように語尾が荒くなり、同時に教皇は再び愉悦に歪んだ笑みとなっていく。


「あなたが光の王太子の母親である先々代の王妃、スリアーダがそこの悪魔を呼び出すのに、加担したの?」


 スリアーダ?

先々代の王妃の名前?

そういえば……この国では有名な昔の王妃様なのに、何故か名前は知られていないような?


「ほう、不勉強な貴女が、先々代の王妃の名前を知っているとは……不思議な事もありますね?

先々代の国王が、そして先代の王妃2人が、意図的にこの国から忘れられるよう、消した名前だったのに」


 教皇のその言葉に、ぎょっとする。


 どういう事?!

どうして先々代の王妃の名前が、よりによってその御三方に?!


 だってその方々は、稀代の悪女のもたらした混乱の時代を乗り切った……真の執政者なのよ?!

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