368.公女の危機感と勘〜ミランダリンダside
『少なくともすぐに公女を殺すとは考えにくい』
結局犯人を告げないまま、第1王子殿下はそう話を続けた。
確かにかつては国教だった教会の教皇が犯人だったんだから、明言を避けたのもわかる。
目の前の一団と少し距離を空けて歩く。
並んで歩く教皇と公女。
その2人と私の中間にフードの女性がいる。
教皇は心なしか、歩みが遅くなっていないかしら?
むしろ公女の方が意気揚々と、手を繋いだ教皇を心無しか引っ張って行っていない?
まさに今から入らんとする場所は、岩の中らしく暗い。
それとなく明かりが向こうから漏れているけれど、どう見ても薄暗いし、嫌な雰囲気しかしない。
私の直感は警戒しろ、入るなって言っているわ。
え、本当に、時々見える公女の横顔が、好奇心を刺激されている子供のようなのだけれど?
公女の危機感が死んでいるわ。
確か最初は、淑女らしく教皇にエスコートされていたはすよ。
なのに今は、幼い子供が母親の手を引っ張っているような錯覚すら覚える不思議感。
教皇を母親って表現したのには理由があるの。
あの方はパッと見ると、女性のようにも見える。
確か年齢的には、私の祖父母くらいじゃなかった?
なのにまるで私の両親くらいの世代、ううん、もう少し若くだって見える。
麗人、て言葉がピッタリな見た目だもの。
ああ、とうとう先頭の2人が中に入ってしまった。
怖い……何か他の事を考えて紛らわせなきゃ。
『もし完全なる証拠隠滅をしたいなら、転移などさせず、罠にかかった瞬間、命を落とすような別の細工をすれば良い』
第1王子殿下の言葉が頭を過ぎる。
そうよ、教皇は殺すつもりはない……はず。
多分、きっと、そうに違いないわ。
すくみそうになる足を気力で動かす。
『罠にかかるのが、どの程度の魔法か使えるかわからない以上、すぐにとどめを刺すべきだ。
転移させるなら、死体の方が抵抗もされず、抵抗で仕込んだ何かしらの罠が暴発する危険もないから楽だろう。
なのにそうしていないなら、すぐに殺す事は考えていないという事だ』
『ですが転移先で危険な目に遭う可能性も……』
『少なくとも追える範囲で魔力を追ったが、転移先からはそんな魔法の片鱗は感じなかった。
聖獣から祝福を受けて鋭くなったそなたの直感でも、そうした気配はないのでは?』
『それは……はい。
でもどうしてそんな事がわかるのです?』
『そなたはすぐに態度に出る。
今のところそなたから焦りは感じない』
くっ、鋭い洞察力よね。
確かに公女が消える前後、私の直感は公女の無事を告げていた。
温室で公女が別空間に捕らえられた時、空間に纏わせた私の魔力は、危機感を感知していなかったの。
そんなやり取りを王子とした後、私は教会内部をうろうろした末に、この地下へと辿り着いたわ。
確かに教会の暗がりには、小さな憩いがあったわ。
重なる2つの影……はぁ、刺激的。
思わず両手で顔を隠しちゃったけど、指の隙間は開放していたのは秘密よ。
その後は亜麻色の髪をしたナックス神官と、多分同僚らしき上位神官達が数人、どこかの部屋に入って行くのを見て、妄想がかきたてられたわ。
だって皆、顔がいいのだもの!
一緒に入って行こうとしたのだけれど、どこかで何か葉っぱが擦れるような音がして、止めたわ。
だって私がいた所は室内なのよ?
葉っぱの音がするなんておかしいもの。
それと同時に、自分の中に宿る祝福の力が反応して、何だか胸の奥が温かくなるのを感じたわ。
そのまま音を追いかけて、地下に続く扉を見つけたの。
まさか掃除道具入れとなっていた、細長い空間の奥の壁が魔法認証で開くなんて。
一歩足を踏み入れたこの空間に施されていた物とちがって、簡易のものだったから、壊す事なく開けられてよかったわ。
公女には部屋に入った瞬間、気づかれたの。
気配を消していたし、第1王子がかけてくれていた認識阻害の魔法だって発動していたのに。
公女は逃げの才能だけはピカイチだと噂で聞いていたけれど、きっと恐ろしいほど勘が鋭い人なのね。
「キメラ……」
不意に響いた公女の声が、私を現実に戻し、暗がりの中、ほのかな明かりに目が慣れて、浮かび上がってきた光景に……絶句した。
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