367.理解〜ミランダリンダside

「さあ、行きましょうか、公女」

「魔力認証式……壊しても良かっただなんて……」


 公女の声はとても小さな声だから、教皇には聞こえていなかったんじゃないかしら。

この転移の黒幕を心待ちにしていたロブール公女の表情は、よく見せる淑女らしい微笑みに変わっている。


 あんなにわくわくした表情で、私の逃走の誘いを蹴ったのに、公女的には残念な結果に終わったみたい。


 でも壊しても良かった、なんてどういう意味だろう?

公女が壊すのは、さすがに無理だと思うの。

私なら……確かに壊せたかもしれない。


 聖獣からの祝福のお陰で、五感の鋭くなった私なら、認証の魔法陣に魔力を通して壊すのはできたかもしれない。

一生開かなくなる可能性も、十分あったでしょうけれど。


 公女の座っていた簡易ベッドの下から這いずって出た私は、何となく頭に違和感を覚えながら、足音を消して3人の後ろをついて行った。


 元々あった祝福だけじゃなく、第1王子殿下の認識阻害魔法のお陰で、あのローブで顔が全く見えない、多分女性にも気づかれていない。

一応、すぐ後ろを歩いているのだけれど。


 それにしても、レジルス第1王子殿下が素晴らしい魔法師だという話は本当だったのね。

聖獣の祝福が無くても、彼にかけられた認識阻害の魔法は完璧に近い。


『ファルタン嬢、特に暗がりや人気のない場所ほど、秘密は潜み、より深くなると覚えておくといい。

暗がりでは、古来より秘密がモエル? 、ともな。

念の為、俺の方でも認識阻害の魔法をかけておこう。

公女の魔法は追えずとも、この温室から消えつつある、微かな魔法の残滓はどこかで見つかるはずだ。

感じ取ったら必ず追い、公女を見つけた暁には、これを使え』

『伸縮式の……杖ですか?』


 渡された杖をまじまじと観察する。

何かしらの魔法が付与されているのを感じる。

守護の類ではないみたい。


『出所は秘密だが、1度きりの転移魔法を仕込んでいる。

通常はその場から1人を決められた場所に転移するものだが、改良してある。

理想はそなたが公女と共に、普通に教会から出てくる事だが、公女も含めて腐行動は時に俺の予想を読めなくする。

もし公女を見つけた後に何かしらの危機に陥った場合には、必ずそれを起動させるように。

必ず助ける。

1人きりの時にはそなたが何かしらの危機に陥る可能性は少ないはずだ。

極力起動はさせないように』


 王子の言葉に、頷く。

私も1人きりの時の自分の陰の薄さには、自信しかないもの。


 それにしても……。


『腐行動……理解があるのですね』

『予習と復習はしているが、そなたもその片鱗はあるものの、公女のそれは凡人の俺では理解しきれないという事だけは、理解したつもりだ』


 腐を予習復習したの?!

一国の、それも立太子間近とすら囁かれる第1王子殿下が?!


『もしかして王子は……あれ、でも公女は婚約者候補ではなかったはず』


 公女の元婚約者で、元ロブール公女で平民に逆戻りしたという、シエナという少女の事をヘイン様と一緒に褒めちぎっていた、ジョシュア第2王子殿下の姿が脳裏を過ぎる。


『あの……失礼は重々承知していますが……ですが……あの、私はロブール公女を尊んでいます!

ですから、あの……公女の元婚約者のような事は……』

『勘違いするな。

俺だって公女を心から尊んでいる。

俺の想いに勝てるだなどと侮られたくはないのだが?』

『ヒッ、ご、ごめんなさい!』


 眼の前の王子から漏れ出る、殺気にも似た気迫に体が竦む。

でも今にして思えば、私の言いたかった事と論点がズレているような気がするわ。

私と王子のどちらが公女を尊んでいるかの話なんて、していなかったわよ?


『ふう、すまない。

大人気なかったようだ。

婚約者候補達についてはそなたが気にする必要はない。

とにかく公女を見つけたら、まずは共に逃げるように。

もちろんそれまでは教会の内部を、奥底深く堪能するのでも構わない』

『でも早く見つけないと、公女も心細……くは無いかもしれませんが、危険に曝されるかもしれません』

『いや、それはないだろう。

恐らくあの温室に細工をしたのは……いや、それは良い』


 言い淀んだ王子は、公女の転移誘拐犯が誰か目星がついているようだった。

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