366.合言葉〜教皇side

「お邪魔だったかしら?」

「……何用です?

貴女が直接ここに来るとは、珍しい事もあるものですね」


 握っていた公女の手を引いて、そっと後ろに隠し……どうしてそうしたんだろう……。

これはただのパーツにすぎないのに。


「ふうん……短期間なのに情が移ったのかしら?

選んだのでしょう?」


 ローブを目深に被るこの女__ジャビの言葉に、内心、どうしてか動揺を覚えるも、あえて微笑む。

それでも今は公女の顔を直視できない。


「ええ。

ですがその件と貴女がここに来るのは、今である必要はないかと」

「あら、私の次の体が手に入ったから、早めに来てみただけよ?

だって、君の納得できそうなパーツがそこにあるし、早く会いたいのでしょう?

ねえ、ラビアンジェ=ロブール公女?

君はこれからどうなるか、知っている?」

「……」

「公女」


 当然の疑問を口にするのは、予想できた。

すぐに言葉を被せね開きかけたその口を閉じさせ、こちらに注意を向ける。


 心を決めて、藍色の瞳を覗きこんだ。


「貴女に見せたい物があります」


 そう言って自分の魔力を高め、公女を魅了……あれ?


「そう言ってましたわね。

案内して下さる?」


 当初の淑女然とした微笑みではなく、これは……好奇心に目を輝かせていないだろうか?


 もしかしなくても、魅了できていない?


「どうされましたの?

さあさ、潜入ですわね。

ふふふ、ミステリージャンルの入り口で止まっていた何かが、動き出しそうな予感!」


 何で公女がウキウキしながら、むしろ私の手を引っ張って、率先して先に進んでいるんだろう?


「……え、この状況で平常運転?

神経図太過ぎないかしら?

というか今更だけど、そのお腹……」


 ジャビよ、平常運転と言ったか?

まさかのコレが平常なのか?


 あ、奥の入り口に突き当たった。


「ほらほら、お早く。

そちらのあなたの問いは何番煎じ目かで、もう答えるのは面倒でしてよ。

後でこの方にお聞きなさいな」

「え、ちょっと、私の事にもう少し興味が出るものじゃ……」

「あらあら、常に自分が注目されると思ったら、大間違いでしてよ。

自意識過剰なあなたのよく知る、どこぞのヒドインと同じジャンル扱いは嫌でしょう?」

「あー、ええ、まあ、それは……」


 どこのヒドインだろう?

そもそもヒドインとは何かがわからない。


 しかしあのジャビが、どことなくローブの下で視線を彷徨わせて、やや嫌そうな雰囲気を醸し出している?!

話から推察するに、自らをポジティブに、都合良く凄い勘違いをひけらかす大物なのだろうが、ジャビを自分のペースに巻きこむ公女に、不思議で無駄な才能を感じてしまうのは、何故だろう。


 それにしても、公女はジャビの事を完全に放置すると決めたようで、既に興味を失ったかのように、私をまじまじと見つめて口を開く。


「ねえ、教皇。

ここよね?

この岩壁の向こうに、何かが隠されているのでしょう?

無理矢理突破すると中が爆破して証拠隠滅する仕組みだと困るからと、どなたかが現れるのを今か今かと待っておりましたのよ。

ミステリーを知的謎解きするよりも、物理で解決する方が向いているのが悔やまれますわ。

合言葉ですの?

ヒラケゴマとか、何かありまして?

開けるのは私でもできるのかしら?」


 矢継ぎ早に喋る公女は、一見すれば、何の変哲もない岩を指差す。


 無才無能なはずなのに、私がかけた入り口と中の罠を知っている?!


「何故、それを……」

「まあまあ、それではやはり!

それとなく微かな風がその岩壁からそよいでおりましたし、あの中庭の温室での証拠隠滅の魔法陣!

教皇は用意周到腹黒策略罠愛好家とお見受けしましたが、私の見立てはバッチリのようですわね!」


 用意周到は、わかる。

腹黒と策略も、確かに策略を考えるから腹黒とも言えるだろう。


 しかし罠愛好家ではない……ない、はず?


「ふふふ、場所も薄暗くて岩壁ばかりですし、ダンジョンアドベンチャーも楽しめそうですわね!

それで、合言葉は?

教えていただければ、私が唱えましてよ!」


 いや、それはもはや自分が唱えたいだけ……。


「いえ、そもそも合言葉はありませんから」


 そう、これは私の魔力を認識させて開けるタイプの……。


「……左様ですの……ちょっぴり残念」


 どことなく落胆を見せる公女に、今から合言葉を仕込もうかと思ってしまったのは、秘密だ。

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