359.二重構造〜レジルスside

「どういう事か説明願おうか、教皇」


 学園では氷の貴公子と呼ばれているだけに、ミハイルの纏う空気は、絶対零度。

対して細められた菫色の瞳には、激しい怒りが垣間見える。


「何度問われても、答えは変わりません。

教会内での公女の捜索は、こちらで行います。

そもそも庭園での温室だけならともかく、公女が消えた場面を目撃したのが、レジルス第1王子だけですからね」


 穏やかに告げる教皇は、年の頃なら40代にしか見えない。

しかし実年齢は俺達の祖父母より、いくらか下くらいだろう。

出自や、はっきりとした年齢はわからない。


 確か悲劇の王女が没し、暫くしてからだっただろうか。

突如神官見習いとして教会に現れたと聞く。


 これ自体は、当時としては良くあった事のようだ。


 他国からの侵略危機、流行病、そして後に悲劇の王女がほとんどの国民から、稀代の悪女と呼ばれる原因となった、悪魔の召喚。


 ボロボロだった国力は、しかし稀代の悪女という、わかりやすい悪役がいた事で、王族も貴族も、そして平民も1つとなった。

相当な勢いで国力を回復していったのは、間違いようのない事実。


 ただその頃はまだ、国内の情勢が上向きかけた頃で、孤児もずっと多かったらしい。


 孤児の行き着く先は、孤児院か教会。

魔力が高い孤児なら、孤児院よりも待遇の良い教会を選ぶ。


 教会もまた、悪魔の召喚前後で穢れた国内各地へと神官達を派遣し、土地の浄化に人手不足となっていた。

神官の資質を持った孤児は、歓迎していた。


 そんな神官の中でも、異例の出世と人に恵まれたのが、目の前のこの男だ。

10年もしない内に、長らく教皇の任に就いていた者が病を患ったのもあり、教会内で満場一致で推挙された。


 一見、女性のような印象を与える彼は、黒い瞳に真っ白な長い髪を下ろして、穏やかな微笑みすら浮かべ、対面の椅子に腰かけている。


「それはロベニア国第1王子たる俺の言葉に、信用をおけないと言いたいのか」


 俺もまた、いくらかの怒りを顕にしたい衝動を抑え、あえて淡々と話す。


「お忘れでしょうか。

教会は王族からの闇雲な干渉は受けません。

国教であった遥か昔ならともかく、歴史のある宗教の一派に過ぎませんから。

公女が消えたとする話に信憑性がないのですよ」

「しかしあの庭園内にあった温室には、明らかに幻影の魔法が施されていた」

「あの温室が魔法で見えないように細工してある事は、国王陛下もご存知かと。

大々的に公表もしておりませんが、あの庭園は心ない方に過去、何度か荒らされています。

なので今は一般開放を止め、この国の王族と、と同伴する方にのみ、足を運ぶ事を許しているのです」


 穏やかな顔で、ぬけぬけと。

つまりこちらの監督不行き届きだ、と言いたいらしい。


 ミハイルの眉根の皺が深くなっていく。


 教会内に設置してある通信用魔法具で、ロブール公爵邸に連絡を入れれば、彼は驚く速さでこちらへやって来た。


 間違いなく転移署に金を叩きつけ、この近くに転移し、馬を何かしら魔法で叱咤激励してきたに違いない。


「温室の存在も、別段隠してもおりませんよ。

あの温室では私が自ら時期の外れたものや、貴重な草木の苗を育てておりますが、それも国王陛下には報告しております。

仮にも王族からの寄付金を維持費に充てておりますから」

「温室を隠していた理由を聞いても?」


 ミハイルの言葉に、教皇は少しばかり苦笑した。


「神官見習いも、庭園の維持に協力しています。

慣れない作業となる事も、よくあります。

後の事故に繋がらないよう、そうした配慮をしている。

それだけの事です」


 悪くはない理由だ。

ミハイルも俺も表情は変えないが、しかし怒りは渦巻く。


 あの温室を覆っていた魔法は、二重構造のようになっていた。

主な仕掛けは2つの覆いの間に隠していたと、推察はできる。


「しかしどうしてもと仰るなら、どうか教会側の不手際となる明確な証拠を提示なさって下さい。

納得されていないようですから、特別にお2人が庭園内を調べる事は許可して差し上げますよ」


 そして仕掛けは発動すると消える仕組みだったのではないだろうか。


 公女の気配が消えた直後、温室へ踏みこんだ時には、既に内側を覆う魔法が消失していた。

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