358.予測した知らせ〜教皇side
__コンコン。
「どうぞ」
ドアがノックされ、特に椅子から立ち上がる事もなく、許可を与える。
ガチャリと開いたドアからは、世間では亜麻色と称される髪の上位神官が、遠慮がちに入ってきた。
「猊下、あの……」
普段ならどうとでも対処し、そつのない立ち居振る舞いをする彼も、自らの判断では対処できないと判断したのだろう。
彼は若くして上位神官となったのもあり、常に冷静沈着で厳格であろうと心がけている。
だからこそ、普段からあまり融通が利かない性格となった。
今回のような、いえ、その前からか。
あの運命の恋人達の血を引き継ぐ、ロブール公女の噂らしからぬ性格と奇行に触れる度、隠してはいても狼狽えているのは明白だ。
「どうしました、ナックス神官。
ロブール公爵夫妻の離婚手続きをしていたはずでは?
何か書類に不備でも?」
我ながら、いつも通り浮かべる穏やかな笑みは薄く、白々しい言葉だと内心、嘆息する。
来るだろう事は、予測していた。
まさかあの公女が自ら足を踏みこむとは。
そう、私はあの庭園で何が起こったのかも、公女がどこにいるのかも、正しく知っている。
だからいつもは監視でもしたいのかと思う程に、常に側にいたがる忠誠心の厚い上位神官達へ、用を命じて下がらせていた。
「猊下、書類ではなく……その、申し訳ありません。
ロブール公女が………………行方不明になりました」
言葉をつまらせながら、うつむく。
やはり彼は融通が利かない、生真面目な性格だ。
教皇である私からのお願いや指示を、問題なく処理できなかった事に落ちこんでいるようだ。
もちろん公女を心配する気持ちもあるだろうが、私への忠誠心が勝っている。
当然だ。
私と多く接する者は、
私自身も、特に自制していない。
「なるほど?
まさか教会内で、という事ですか?」
「はい。
教会奥の、猊下が直接管理されている庭園で。
すみません、こんな事になるなら許可しなければ良かった」
「何故そこに?」
わかりきった事でも、一応尋ねておく。
「付き添いで第1王子がいらしていて、王家からの寄付で維持されているから、当然良いだろうと。
何年かに1度、それを理由に庭園での交流もあるので、断る事もできず……」
「ならば仕方ないでしょう。
王子の言葉は、その通りですから」
あの庭園を手入れしているのは、私。
しかしそれは、個人的な理由からであって、上位神官には禁止区域でない限り、その立場に付属した権限で自由に立ち入りを許可できる。
庭園は、不出来な父親であった先々代の国王と、当時の教皇によって、維持費を寄付という形で支払うとする契約を結ばれた。
費用の出所は、代々の国王と王妃の個人資産。
代わりに王族が申し出れば、いつでも立ち入る事を許可しなければならない。
正直に言って、遺憾。
私が教皇となってから、何度か契約解除を申し出たが、断られ続けている。
あの庭園は、私自身が全ての責任を負いたいというのに。
「それで、その……王子からは、公女の捜索を直々にしたいとの申し出が。
仮にも四大公爵家の嫡女が行方不明となったのだからと。
大変、激怒されており、もし認められないなら、ロベニア国第1王子として、権限を遂行すると」
「そうですか。
それでは直々に、お引き取り願いに参りましょう」
立ち上がれば、どこか慌てた様子になるナックス神官。
「あの、公女は……」
「もちろんこちらで捜索しますよ。
しかし今は王子の言だけですからね。
もしかしたら、無断で帰っただけかもしれません。
自由な気質の公女のようですし。
ロブール公爵家に確認する事が先決では?
それにここは教会の本部ですよ?
外部の人間が、それが仮に王族であっても、権限とやらを受け入れる理由はありません。
わかりますね?」
「……はい」
体に巡る魔力を活性化させれば、彼の碧の瞳がとろりと熱を帯びる。
「それでは、参りましょうか」
素直に従う神官を連れて、色褪せた部屋を出た。
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