357.ヤバい犯罪臭〜ナックスside

「拐ったとは、人聞きの悪い」


 もちろん上位神官として、王子の発言は肯定できない。


「あの温室は元々、誰からも見えないように条件付きの結界魔法で囲われていると聞いています。

私も目にした事がありません。

王子は初めてあの庭園に足を運んだからご存知ないようですが、他の王族方に確認されればわかる事ですよ」


 そう、あの温室を目にする事ができるとすれば、教会では猊下のみ。


「それに温室に入る事は許可がなければできません。

何かが作動したなどという話も、これまでに聞いた事がない」


 しかし許可を与えたのは、今の猊下ではない。

あの庭園を造った時の誰か。


 恐らくはその当時の教皇猊下か、もしくは当時王太子であった、先代の国王。


 もちろん私の予想に過ぎないけれど。


 そもそもあの庭園は、移民によってもたらされた流行病が、王都に蔓延しつつあったのを見事、当時の教皇猊下と、かの王太子によって終息させた記念に造られたと聞く。


 反目し合う王家と教会が手を取り合って成した、数少ない偉業だ。


 流行病という恐ろしい病が猛威を振るいかけた際、いち早く行動した2人は被害拡大を防いだ。


 そればかりか病にかかり、死の淵にあった国民と流民のどちらをも、教会奥、つまりあの庭園のある辺りに招き入れ、看病して終息させた。


 そしてすぐにかの王太子は、当時の教皇猊下と協力し、その病の特効薬をも製造した。

その上で予防法までも確立し、他国への薬の普及と並行してそれを周知する。


 この国と教会が、他国から一目置かれている理由の1つだろう。


 それから暫くして、あの稀代の悪女は国民の命など知ったことかとばかりに、病気が蔓延していた間、城から1度も出て来なかったという噂が広まったとか、いないとか。


 現在の猊下に聞いた事があるが、それは噂に過ぎないと一蹴された。


 どちらにしてもあの稀代の悪女とは、半分でも血が繋がっているなどと信じられない程に、慈愛と正しい行動を取れる光の王太子だったのだろう。


「しかし実際に公女は結界に捕らわれ、その場からも居なくなった」


 血走って殺意をこめた朱色の瞳を向けられて、我に返る。

正直、止めて欲しい。


 この王子は王族だけあって、魔力量も多い。


 そういう者は感情が揺れると、無意識にだろうが、目には見えない程度の、微小な魔力が体から漏れ出る。

そうなると周囲の人間は、まるで危険な魔獣に睨まれた小動物であるかのような、動きを封じるかのような威圧感を感じてしまう。


 私自身もそれなりに魔力は多い。

だから大抵の人間の圧は、ほとんど感じた事がない。


 なのに今は……ツツ、と背中に汗が伝うのを感じる。


 私達は教会の上位神官と王族という立場で、何度も顔を合わせた事がある。

もちろん何かしらの祭典や、大規模な土地の浄化等があった場合で、私的な話は最近までした事もなかった。


 それでも私が知る限り、いつ如何なる時もこれまでの第1王子は、常にのように感情が凪いでいたように思う。


 幼い第1王女や、来年には王立学園へと入学予定の第3王子のように、王族らしく年齢よりは落ち着きながらも、やはり未成年の子供らしい溌剌とした笑顔を見せたり、もしくは何かしらの粗相で、年齢なりの焦りを周囲に見せた記憶はない。


 今は病気療養中という、第2王子のような猫を被ったかのような爽やかさを、わざと印象づけるように見せるつける笑顔も、然りだ。


 それが負の感情とはいえ、いや、王族だからこそ、徹底してその方面の感情なら、漏らすなと教育されてきたはず。


なのに立太子から1番近い第1王子が、ここまであのぶっ飛んだ公女への感情を見せるとは。


 それだけあの公女を想っているのか、それとも余裕がないのか。


「今すぐ公女を探せ。

少なくともこの教会内部にはいるはずだ」

「わかりました。

まずは庭園の温室とやらを確認して……」

「そこにはいない。

既にその場に残った魔力の残滓や魔法の痕跡は鑑定し終わっている」

「しかしこちらでも直接……」

「ナックス神官。

この教会内部のどこかにいると言ったはずだ」


 なるほど。

つまり今すぐ教会の中を捜索させろと……。


「公女を懐柔する数少ない貴重な時間を邪魔をしやがって……刺しても刺し足りん」


 何、ブツブツ口悪く言ったんだ?!

懐柔?!

刺すって誰を?!


 コレ、むしろ公女を見つけても、匿った方が良くないか?!

逆に王子が公女を監禁とかしそうな、ヤバい犯罪臭がする?!

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