342.叔母への殺意〜ルシアナside

『これから出かけるって』


 背後から私に絡みつく、シエナが教えてくれる。


「ああ、とうとう、この日が来たのね」


 叔母をこれからどうやって殺そうかと思案して、気分が高揚する。


 叔母に悲惨な死を与えなければ。

そう、叔母が殺したお母様の為にも。


 娘を産んだ後、お母様は私を叱責した。

けれど、最低でもお義父様の色を持った男児を望まれていたお母様の期待に応えられなかったのだから、仕方ない。

それを授けなかった、あの戸籍上の夫が悪いのよ!


 ミハイルが年々、あの男に似ていくだけでも腹立たしくて仕方なかった。

私を全く相手にしない、あの男が憎くて仕方ない!


 その点、シエナの実父で私の元婚約者は、私を常に優先してくれた。

顔立ちや纏う色がお母様の最も嫌う妹__叔母似なのは、気にならなかった。

だって妹を気にしていたのはお母様で、私はあの時まで、興味が無かったから。


 そう、あの人が下賤の女に誑かされて、駆け落ちなんて意味のわからない事をしたあの時までは。


『君は……本当に彼女を暴漢に襲わせたのか?

僕は邸で働く彼女とは使用人として接するし、彼女への気持ちを手放し、来年には君を妻に迎える。

既に僕付きの使用人からは外していたし、当主を継いだ後は、彼女を本邸からも遠ざける。

だから何もするなと、君にも伝えておいたはずだ』


 そう、あの人は駆け落ちする前まで、1度だってあの女に手を出した事は無かった。


 幼い頃から仕える邸の使用人で、幼馴染のような側面があった。

だから一時は距離が狭まっていたけれど、私が彼とあの女にそれぞれ忠告してからは、あくまで邸の主の息子と使用人として距離を保っていた。


 そんな事は知っている。

けれどロブール家の使用人として働くあの女が、目障りに感じ始めた。

けれどあの女は、平民とはいえロブール家で長らく仕える使用人だった。


 叔父に頼んだけれど、叔父は邸の人事権が叔母にあるから、婚約期間中に他家が口を挟むなって……。

平民であっても、ロブール家の使用人の命を奪うなら、その時は覚悟しておくようにって、釘を刺された。


 叔母にも解雇できないか聞きたかったけれど、ロブール家の当主の命令は絶対。

お母様からも、叔父にはくれぐれも粗相のないようにと常に厳命されていたから、口は出せない。


 あの女が彼の側にまた近づくかもしれない。

いつもそう考えてしまって、眠れなくなった。


 私といるのに、彼はあの女の事を常に考えているような気すらして、本当に、どんどん目障りになっていった。


 だから暴漢に襲わせて、ボロボロにしてやった。

そうしたら、働く気力もなくなるでしょう?

もちろん命は奪わないようにと言いつけた。

叔父からの命令も守った。


 平民だもの。

分をわきまえずに貴族の怒りを買ったのだから、仕方ないわ。


 それに彼だって、平民を愛人になんてできない。

ロブール公爵家の血筋を、よりによって平民で汚すなんて、許されないのよ。


 私だけじゃなく、分家や他の四公家が。


 その時は、命そのものが散らされる。

早めに忠告されて、むしろ感謝するべきなのよ。


 なのに……彼はあの女の傷も癒えない内に、ロブール家から2人して……消えた。


 そして叔父は今の私の夫に次期当主を変更した。


 冗談じゃなかった!

けれどお母様は、むしろ婚約者が変更されて喜んでしまった。

だって叔母の色は瞳くらいで、顔立ちはどちらかと言えば、ロブール公爵家らしい冷たい顔立ちだったから。


 私は嫌だと言ったの!

けれどお父様も、何よりお母様からも叱責された。


 それからは、叔母の顔立ちや色を嫌うお母様の気持ちがわかった。

叔母を見る度に、あの日私に向けてきた、冷えた殺意を宿した藍色を思い出した。


 けれど殺意までは湧かなかった。

彼の母親で、良く似た顔と、同じ色だもの。


 けれど出来損ないを産んだ後、叔母はお母様を私から遠ざけた。

許せなかった。

全部お前の息子が悪いんじゃない!


 叔母は公爵夫人という立場を使って、お父様にお母様を辺境地の別荘に幽閉させ、虐げるよう仕向けた。


 それから数年して、お母様が亡くなった事を知ったわ。

葬儀が終わった後に、私は知らされた。


 それからよ。

叔母に殺意を抱くようになったのは。


 魔法も取り返したし、叔父の立場も今や戸籍上の夫より弱いもの。

もう、殺していいでしょう?

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