341.遺体〜ミハイルside
「シエナ……らしき?
どういう事だ」
「それが数日前、突如行方をくらませてしまい、捜索したところ、首の無い、老女の遺体が崖から転落したような状況で見つかったと」
「北の強制労働施設で、行方をくらませたとは?
あそこを老人が抜け出すなど、不可能なはずだ」
妹の教会遠足が決まった夜、執事のジョンが待っていた報告を受け取り、俺に内容を伝えた。
ここ最近後回しにしていた、家の書類仕事を片づけていた手を、思わず止めた。
その施設は、我が国の最北端に位置し、常に雪が積もる山中にあった。
正直、老人が働く環境ではそもそもない。
そしてそこで強制される労働内容には、いくつかの種類がある。
その山で魔石の採掘を行う者が大半で、シエナもそれに充てがわれていたと聞き、少なからずはほっとしていた。
まだそれくらいには、元義妹への情も残っていた。
雪山を登って下ると、隣国との国境となる。
当然、国境警備隊が配置されていて、彼らの為の施設がある。
他にもその山には施設があり、そこでは採れた魔石を加工する専門の魔法具師や、その周辺の貴重な資源開発を専門とする魔法師もいる。
皆、個性が強く、研究者気質の変わり者ばかりだと噂されているが、実際のところはわからない。
ただ各施設の施設長は俺も
頭のキレと性格のキレが、随一の強者だ。
それら大きくは2つの施設で労働施設を挟み、更に背後には夏でも険しい雪山。
そして全ての施設で勤務する者達が交代で、国境と労働施設で強制される重犯罪者達の監視を補助し、時に何かしらの争いや、魔獣討伐の際には盾にし、或いは危険な実験の補助として強制的に
当然だが北の強制労働施設は、重犯罪者達を消耗する為に作られている。
本来なら死刑に処せられても不思議ではないような罪を、しかしこの数十年は稀代の悪女の愚行によって生じた民達のイメージ回復の為に生かしているに過ぎない。
だからそれを専属で監視する兵士達もしっかり常駐している。
だからそこから逃走など、不可能に近い。
魔力も王都で移送前に封じられてしまうからだ。
仮に無事に施設から逃走できても、命が保障されない。
雪という自然環境的な意味はもちろん、監視する者達の暴力的な意味からも。
加えてシエナは老女だ。
それもかなり高齢の、老化した体となった。
無事に施設逃げられたところで、真っ先に自然に殺られる可能性は、彼女だって考えついたはず。
「手引きした者は?
しかし仮に手引きしたとして、メリットは何だ?」
シエナは元養女。
それもロブール家とは縁を切った事を、禍根を残したり、生まないように、手続きが完了したその日に周知した。
嫡女たるラビアンジェ=ロブールを、元婚約者と共謀して日々害してきた話も広まっている。
シエナを逃がすメリットがわからない。
「それが、消えた経緯も含めておかしな現象だと」
「経緯も含めて?」
「はい。
彼女が充てがわれたのは、他の者同様、複数で使用する独房だったそうです。
にも関わらず、夜中に忽然と消えたと。
まるで転移したかのように」
思わず眉根が寄る。
転移など、だれかれとできる魔法ではない。
ましてや人を連れての転移は不安定になりやすい。
夜中、独房内の者達が寝静まった頃に、万が一転移したとよう。
果たして転移して中に侵入し、老女たるシエナを連れての再転移に、1人として気づく者がいないなど、あり得ない。
そのリスクを冒してでもシエナを連れていくメリットも、見つからない。
「それから彼女は施設入りした際、暴れて自分が公女だと叫び続け、鞭打たれるまで、労働を拒否したようです」
「……自殺行為だ」
「はい。
以来、日常的に暴力を振るわれるようになったと」
「暴力を止める看守は?」
「看守の目を盗んで行われたそうです。
北の強制労働施設に勤務する者達は、王都との交代制で、王都にいる間は国内外の目について指導されますから、常に看過され続ける事はないと聞きます。
それにあの施設の施設長方は……」
「そうだったな」
強者だ。
人を統べる事にかけても。
「首の断面は?
獣に食い散らかされたという事は?」
「こちら、遺体の解剖記録です」
手渡された記録を見て、俺の眉間の溝が自然と深まった事は言うまでもなかった。
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