343.叔母〜ルシアナside

『ほら、あそこ』

「ええ」


 思っていた通り、幾つもある木の枝に腰かけて待っていれば、1台の馬車が向こうから、こちらに向かってくるのが見えた。


 宙に浮かぶ黒いシルエットとなったシエナが、私の背中にくっつきながら、叔母が乗ったというそれを指差す。


 向こうから見えるあの邸はかつて林だった場所を開拓して建てたと聞く。

この領地の中でも奥まった場所にあるから、ああやって馬車を少し走らせなければ、人通りのある通りには出られない。


 つまりここは、人気のない林の中。

いたぶって殺すには、丁度良い場所。


「くくくっ、楽しみね、シエナ。

お義父様は邸の方にいるのね?」

『そうよ。

お祖母様を殺したら、次はお祖父様。

順番よ、お母様』


 正直、お義父様はどちらでも良い。

むしろ私の今の魔力では、敵わないとすら思う。


 だってお義父様は、仮にもロブール公爵家の前当主だもの。

それに足る実力は持ち合わせている。


 けれどこの子が現れてから、使える魔法も少しずつ強くなっているし、何よりも魔獣の支配力には目を瞠るものがあった。


 これなら魔獣をけしかけるだけして、自分は高みの見物でも良いはず。


 もし思っていた以上に、お義父様が強ければ、逃げてしまえばいいのよ。


「もちろんよ。

ほら、来たわ。

行きなさい!」

「ココ!」


 下の木の根元に向かって声をかける。


 海上から私を運んだバシリスクは、目立たないよう木陰に待機させておいた。

返事のような鳴き声を上げ、緑色の巨体が、今まさにそこを走り抜けようとした、馬車の横に躍り出る。


「魔獣?!」


 __ジュッ。


 蜥蜴はまず御者に向かって口から液体を吐く。


 けれど間髪入れずに魔法障壁が現れて阻み、馬車の脇にあった草を溶かす。


 御者はすぐに馬を止め、剣を構えた。


 いくら田舎の領地で、先代のロブール公爵夫人とはいえ、護衛が1人もいないのはおかしいと思ったのよ。

護衛も兼ねた御者だったのね。

それもかなりの使い手だわ。


 面倒だけれど、それなら……。


「シエナ」

『おいで』


 呼べば、真っ赤な目をした黒い数種の魔鳥が、1羽、更にもう1羽と私達の目線の高さで数十羽が集まる。


__ギィギィ。

__ギィギィ。


 今の私には、飼っている小鳥が騒いでいる程度のものだけれど、馬車の馬は落ち着かなそうに嘶き、その場でたたらを踏んでいる。


 木が密集した場所だからか、シエナが呼んだ鳥は大きさが羽根を広げても、手の平程度しかない。


 確かあの魔鳥は、クチバシには牙が生えていて、死肉を好んで食らう特徴がある。

臆病な性格で、本来は生きる人間を襲う事はない。


 けれど、今は違う。

魔獣特有の赤い目は、爛々としていて、攻撃的になり、独特の高めの鳴き声が木々を縫って反響している。


 御者が何かを感じ取ったのか、バシリスクの鋭い爪を帯剣していた剣で防ぎながら、馬車と馬を繋いである部分を切り離す。


 その間に攻撃を繰り出す緑の爪や、溶解液は魔法で地面から鋭く先の尖った岩を、突き殺す事も狙って勢いよく上に向かって生やす。


「あの馬車の窓を突き破って、中の人間を生きながら食らうのよ!」


 魔鳥に命令すれば、黒い帯のように並列してあの小窓を狙って勢いよく飛んで行き、窓を割って馬車に侵入していく。


「ああ、もう!

夫人!

そのまま中でいて下さいよ!」


 思っていたよりは若かった御者が叫ぶも、ドアが1人でに開く。


「でも鳥で溢れ返ってしまって、狭いのよ?

ああ、私の事は気にせずに、ほら、先にあの蜥蜴を……まあ、あの子も操られているのね」


 随分と場違いに呑気な、私の知るものよりいくらか嗄れた声が、聞こえてきた。


 すると中から随分と白くなった髪を、夫人らしく品良くまとめた叔母が出てきた。


「コココココ!」


 途端に、私の殺意を察したように蜥蜴が叔母に向かって走り、溶解液を吐きかけるのと、爪での攻撃を同時に繰り出した。


「何してるんですか!

馬車に引っこんでて下さいよ!」


 随分と軽い口調で話す御者が、慌てて駆け寄るも、遅かったわね。


 魔鳥がどうなったのか、わからない。

だって出てこないから。


 でも今度こそ、叔母は死んだわ!

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