315.お前も処分してやる!〜ルシアナside

「あ……あの、夫人」

「何かしら?」


 変わった髪色の小娘が、テーブルに腰かけて紅茶に口をつける私に、躊躇いがちに声をかけてくる。

なのに決して、その空色の目を合わせようとしない。


 あの聖獣の加護を受けると、根暗になるって噂は本当だったみたいね。


 小娘の名前は、ミランダリンダ=ファルタン。

ロブール公爵家と比べれば、声をかけてくる事すらはばかられるような、格下の伯爵令嬢。


 そしてここは、ファルタン家の所有する、小ぶりな別荘の一室。


 ロブール公爵家と違って、使用人まで常駐させてはいないみたい。

数日間の滞在を余儀なくされているけれど、正直、不便ね。


 あの時、息子に追いかけられた私は、この小娘に助けられた。


 王都の邸から、誰かしらは連れ戻しに来ると思っていたから、ずっと警戒していた。

そうしたら、案の定。

学園はどうしたのよと言いたいけれど、卒業まであと少しとなった最終学年。

学業より家を優先するのは、当然かと思い直す。


 ただ、無性に腹がたった。


 家に興味を持たない法律上の夫が、直々に来るとは全く思っていなかった。

息子かロブール邸の誰か……醜聞だと判断するなら、息子が内密に1人で来るだろうとも、予想していた。


 それでも、私は法律上の妻なのに!

仕方なく結婚してあげたというのに、1度だって私を顧みた事がない!

平民に誑かされた挙げ句に、駆け落ちした元婚約者といい、法律上の夫あの男といい、兄弟揃って私を苛立たせて!


 寂れた場所だから、常に静けさに支配されている。

馬車の音がして、誰かが訪れたのに気づくのは当然よ。

王都の本邸に比べれば、小さい邸に、狭い敷地。

邸の1番奥の部屋であっても、来るとわかって耳を澄ましていれば、音は拾える。


 指輪の力を使って身体強化してから、窓から飛び降りた。

足音を忍ばせて、私のいた部屋に来るなら必ず通る廊下の窓を隠れて見つめる。


 確認した息子の姿に、微かなやるせなさと、大きな怒りがこみ上げた。


 元いた部屋の壁を、至近距離に捉える場所に移動し、感情を叩きつけるようにして、指輪の力を解放する。

もちろん、息子が部屋に入ったと思うタイミングで。


 火球にしなかったのは、流石に火事を起こせば、後々面倒になると思ったから。

だけど今は、いっそ燃やしておけば良かったと悔やまれる。


 怒りの感情が働いたのか、思っていた以上の威力で壁に穴が空く。

少しくらい怪我をしたかと期待したのに、息子は無傷。

思わず睨みつけてしまったわ。


 身を乗り出したあの男と似た姿に、私がしたようにして降りて来そうな気配を感じて、踵を返した。


 走るのに不向きな靴のせいもあって、徐々に追い詰めてくる姿に、焦りが生まれる。

こんな事なら、何もせずに逃げておけば良かった。


 あの出来損ないを捕まえて、教会に連れて行くのが先になるじゃない!

早く力を取り戻して、出来損ないを自分の手で処分しないと、気が済まない!


 不意に指輪が熱を持ったように感じた。

焦りが高揚に変わる。


 ……本当に、使えない道具達ね。

……使えない道具は……壊してもいいんじゃないかしら。

……息子だからと、娘だからと大目に見すぎたのよ。

だって、出来損ないを殺すのは、踏みとどまってやったのに。


 第2王子だなんていう、出来損ないには分不相応な、素晴らしい婚約者ができた、あの日。

なのに初めての、ただ顔を合わせるだけの簡単な事すらまともにできず、やっぱり出来損ないだったと確信した、あの時。


 得意の魔法で出来損ないの腹を裂いた。

けれど殺さなかった。

治癒魔法を習っていた息子を、側に置いてもやった。


 そうよ!

私はいつも優しかったじゃない!


 うちの邸の他に、いくつか貴族の建てた別荘が並ぶ、狭い路地をひた走る。

賢い息子なら、あの路地の奥がどこぞの邸の塀で行き止まりと気づくはず。

どうせ私が魔法を使えないままだと、思いこんでいるはずよ。


 見てなさい!


 脇に抜けられそうな、人が1人通れそうな細い通路を確認して、行き止まる手前でわざと立ち止まった。


 私と違って平素の呼吸をしているのは、忌々しい。

だけど油断した様子で、カツカツと不用意に近づいてくる足音に、口の端が弛む。


 お前も処分してやる!

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