312.ゲームからの、飛来

「…………」

「お久しぶりですわね、ファルタン伯爵令嬢」

「……はい」


 行く手を阻むかのように立ち塞がったものの、一言も喋らないぬしに、とりあえず声をかけてみる。

もちろんデフォルト的な微笑みは絶やさないわ。


 日に照らされて、焦茶の髪が青く艶めいている。

相変わらず視線は下に、長い前髪で先日見えた空色の瞳も、可愛らしい顔立ちも隠れていて、何だかもったいない。

声もとっても小さくて、自信の無さが押し出されているせいか、とっても残念に感じちゃう。


 でも何だか前世の娘を思い出して、懐かしいの。

双子の弟達が成長して、ヤンチャギャングになるまで、こんな感じで家族以外の人の前では、モジモジして、話す声も囁きかとつっこみたくなる程だったわ。

ギャング化した弟達に巻きこまれて、ヤンチャの片棒担がされそうになる事が増えてからは、ハッキリ自己主張するようになったけれど。


「「…………」」


 それにしても、何かお話ししようとして引き止めたのよね?


「「…………」」


 うんうん、いざとなったら喋れないのも、モジモジちゃんの特徴ね。

さあ、頑張って!

心の中ではエールを送る。


「「…………」」


 どうしましょう?

本当に用があって呼び止めたのかしら?

微笑みを浮かべるのを苦痛に思わせるなんて、やるわね。


「「…………」」


 うん、そろそろ帰りましょう。

用があったら、また話しかけてくるわよね。


 そう思って微笑みつつ、通せんぼう状態の障害物の脇をすり抜けようと1歩前に。


 すると障害物が、1歩後退?!


 様子を窺いつつ、また1歩進めば、1歩後退……。

何かのゲームかしら?


 試しに2歩前進。

すると2歩後退……。


「「…………」」


 やっぱりそういうゲームね!

無言で等間隔を保って、前進と後退するルールなんだわ!


 次は2歩後退してみれば、相手はハッとしたように一瞬だけ顔を上げて、2歩前進。


 ほら、やっぱりそうよ!


 でもこれをずっと先の通りまで繰り返すのは、疲れそう。

こんな事ならワンコ君と乗り合ってきた、お馬のラティちゃんに乗って帰れば良かった。

帰りは転移しようと思っていたから、ワンコ君に気を使って、ラティちゃんはアトリエの馬小屋に繋いだままにしてきたの。


 ちなみにアトリエここは、ユストさんが持っていた、王都から馬で駆けて数時間の、郊外よ。

私が産まれた頃は、貴族の別荘ブームだったらしくて、ここもその一つ。

ユストさんが会長を勤めるリュンヌォンブル商会と、大昔にもめて裁判沙汰にした貴族がいたじゃない?

示談となった時に、お金だけじゃなく、ここもいただいたの。

本人はすっかり忘れていたみたいだけど。


 少し寂れた郊外だけあって、徒歩では大通りに出るまでに、かなり歩くわ。

ゲームをしながらだと、もっと時間がかかっちゃいそうね。


 暇な時なら付き合うのも、やぶさかではないわ。

どうせなら前世の娘や孫娘達にしていたように、髪を結んだり、着飾らせたりする方が好きなのだけれど。


 あの子達の何人かは、それを録画してSNSにアップして、広告収入にしていた子達もいた。

それ以外の芸事も嗜んでいたから、お小遣い稼ぎに貢献できて、お祖母ちゃんは何よりよ。


「ふふ」

「?!」


 あら、思わず当時を思い出したら、うっかり笑いが漏れちゃった。


 ビクッとしたから、驚かせ……あらあら?

何だかキョトンとして……今度は頬を赤らめた?

ちょっと意味がわからない。


「…………」


 元のデフォルトの微笑みを浮かべたら、今度は何か言いたげに、けれどやっぱり無言で、残念そうなお顔ね?

どんな心境の移ろい?


 まあいいわ。


 前々世ではその手の侍女もいなくて、髪も自分で結っていたし、道端で拾って面倒を見ていた女の子でも遊んでいたの。

多分その頃から、元々好きだったんでしょうね。


 去年の学園祭でシュシュを販売した時も楽しかったの。

今年はどんな出し物にするか、そろそろ決まるわ。

土壇場になって、色々提案したのよ。

けれど四大公爵家の公女だからこそ、最終的な決定はお任せしてあるの。

学園祭は皆で決めて、皆で楽しまなくちゃ。

水を差したくないから、今年も前日まで動いて、後は奥に引っこむわ。


「用がないなら、そろそろ……」

「ラビアンジェ!」


 気持ちを切り替えて、この場を去ろうと声をかけたその時よ。

何だかつい最近ぶりの、金切り声がどこかから飛来してきたのは。

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