310.誤解〜ミランダリンダside

『その……何故、ヘイン様は除籍されたのでしょう……私のせい……』

『令嬢は無関係だ。

そもそも婚約解消が一体何年前の話だと?』

『あ……申し訳……』


 身の程を知れと言われたようで、羞恥に顔が染まるのを感じる。

こちらから婚約解消を願い出た時、ヘイン様の経歴に傷をつけてしまった。


『ミラ……本当に、いいのか?』

『……はい』

『そうか。

今までありがとう』


 けれどヘイン様からは理由も聞かれず、解消を思い留まるよう交渉される事もなくて……それが寂しくなかったと言えば、嘘になる。


 私が休学した後、第2王子の元婚約者であるロブール公女が入学した。

第1王子も既に卒業され、第2王子が王族として学園内での権限を担うようになった。


 そんな王子は四大公爵家の公女であるにも関わらず、長年人目も憚らずに婚約者のロブール公女を貶め続けた。

そのせいで学園内の秩序が乱れ、成績下位の、特に公女が在籍するDクラスの学生達への差別意識が高まり、愚かにも悪意を実行する成績上位の学生が出るようになったらしい。


 そし合同討伐訓練中、公女のいるグループが故意により、事故に巻きこまれた。


 結局公女達グループは無事だったけれど、巻きこんだ上級生には死者が出て、第1王子が臨時で学園に派遣され、第2王子は休学となっている。


 ヘイン様はそんな第2王子を諫める事ができなかったからと、側近候補から外され、卒業後の騎士の推薦を取り消された。


 けれどその時は、まだ除籍までされていなかったと、なのにその後、公女の強い要望を受け、アッシェ公は除籍してしまった。


 聞けばロブール公女は、元々家族には疎まれて軽んじられていた。

性格も……私が言えた事ではないけれど、難があったんじゃないかしら。


 そもそも公女であるだけでなく、王族の婚約者なのに、教育や勉学を嫌って常に逃げていた。

私ですらBクラスでいられたのに、Dクラスだもの。

噂や公女を直接知る、婚約解消前に聞いた第2王子やヘイン様の言葉は、本当だったのだと思う。


 そんな家族にも軽んじられるような、難のある血筋だけの公女の要望だったのなら、聖獣の加護持ちの私と婚約を継続していれば、除籍まではされていなかったはずだと、ずっと悔やんでいた。


 引きこもりがちで世情に疎い私に、親切にも教えてくれたも、そう仰ったわ。


『いや、言い方が悪かったな。

ひとえにあの者に、騎士を目指す者としての自覚が無さ過ぎた。

そして血筋故に優遇されてきた事に、気づきもせず慢心し、他者を長年貶めてきた事で周りにも害を与えた当然の結果だ』


 邸の自室に戻り、その後私に気を使ってフォローしようとしたアッシェ公の言葉を反芻する。


『その……もう1度私と婚約して……ヘイン様の除籍を取り消し……』

『令嬢』


 冷たく、鋭い声と視線に遮られ、思わず身を竦ませた。


『あの者がアッシェの名を名乗る事は、二度とない。

そして仮にも令嬢はアッシェ家の傍系であり、生家は伯爵位だ。

あの時もこちらから望んだ訳でもなく、本来なら結ばれるはずの無かった家格差だとは未だに考えが及ばないか?』


 だからせめてもう1度って、ヘイン様の為になけなしの勇気を振り絞ってみたのだけれど……やっぱり私は駄目ね。


『なのに婚約も解消も、こちらは全て令嬢の一存を聞き入れた。

だというのに聖獣の加護を持っているからと、望めば何でも叶うはずもない。

そもそも今のような、加護に潰されて引きこもるだけの令嬢が、他家の当主の決定を覆せと発言をするだけでも、問題がある。

ファルタン家からすれば、アッシェ家は本家であり、四大公爵家が1つだ。

令嬢も本来ならば、学園を卒業して社会に出ていて然るべき年齢。

貴族ならば、今後は家を軽んじる発言は、控えるように』

『……申し訳、ありま、せん』


 もう、うつむいて震える事しか……できなかった。


 ただ、やはりあの方が教えてくれたように、ヘイン様とアッシェ公との間で、何か誤解があるんだと確信した。


 だって全て第2王子のしわ寄せだもの。

正義感の強いヘイン様が、か弱い女生徒を貶めるはずがない。


「何とかして、聖獣ドラゴレナに会わなくちゃ」


 戻ってきた自室で、そう1人呟いた。

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