308.傲慢令嬢〜ミランダリンダside

「それでは……その……失礼、致します」

「ああ、気をつけて。

来年度からの登校再開に、君の家の本家であるアッシェ公爵家としても、期待している」

「……はい」


 言外に、得る物を得た以上、義務を果たせと告げられる。

内心では怯えつつ、かろうじて返事をして、無骨な、騎士らしい手にエスコートされ、馬車に乗りこんだ。


「……ふぅ」


 馬車が走り出し、大きな邸を出てからやっと息をつけた。


 アッシェ公爵が今回私を邸に招いたのは、私の負う義務への通告だけじゃない。


 私に祝福を与えた、聖獣ドラゴレナの与える影響を知りたかったらしい。


 この国の火山が噴火した件に、あの聖獣が関わっている可能性があり、私から見た聖獣について教えてほしいと言われた。


 けれど悪い意味ではなく、被害があまりに少なかったからで、その事にまずはほっとした。


 私の中では、何かしら悪さしても不思議でないくらい、あの聖獣に悩まされてきたもの。

良くない方へ、自然と考えるようになってしまったのは仕方ないと思う。


 だって自分でも過去を振り返れば恥ずかしくなる程、傲慢で、利己的な人間だったわ。

それを気づかせ、後悔するようになったくらいには、この聖獣の祝福は……重くて、苦しかった。


 私はある日突然、加護を受けた。

だからと言って、目を見張る程、何かの能力が急上昇はしない。


 ただ精霊らしき姿が時折り見えるようになったり、他の聖獣の加護持ちが近くにいれば、感覚でわかるようになるくらい。


 けれどあの稀代の悪女と呼ばれる、ベルジャンヌ王女の死後、大きく公表されてはいないけれど、聖獣と直接契約した者がこの国に1人もいないのだと思う。

もちろんこれも感覚的な、直感と呼べるものでしかないけれど。


 だからこの国で、加護を受けた者がいるという事実こそが、大事だと両親から聞かされた。


 その後は周りが自分をもてはやすようになって、今なら恥ずべき事だと理解できる言動も平気でして、誰もそれを咎めなかった。


 自分は完璧な人間だと……思うようになっていった……ああ、恥ずかしい。


 けれどある日を境に突如、眠っていると意味不明な叫び声を耳にするようになる。

高音で、低音で、男女の区別すらつかない声。

あらゆる悪意を感じるような、逃げたくなる、そんな焦燥感に駆られてしまう叫び。


 初めは夜だけだったそれが、日中、寝不足からうたた寝してしまった時にも、聞こえるようになった。

次第にいつも周囲を警戒するようになり、他人も、両親すらも疎ましく感じていった。


 そんな時、鬱々とした気持ちが爆発した。


 友人だと思っていた……ううん、取り巻きだと見下していた令嬢が開いた、子供ばかりを集めた茶会。

主催者として、黙っていた私を気遣って声をかけてくれただけだったのに……いつも通りぶつけてしまった。


 物理的な意味でも。


 手にしたグラスを投げつけ、顔に怪我を負わせてしまった。

さすがに顔に当てるつもりはなかっただなんて言っても、誰も信じるはずがない。


 我慢の限界を迎えたその令嬢から、過去に聖獣ドラゴレナの加護を受けた者の気質を問われた。

悔しくも意味がわからず、知らないのかと馬鹿にされ、謝りもせずに帰った。


 そうして小さな頃から私の世話をしていた乳母に尋ねて、初めて自らを顧みた……遅すぎたのよ。


 それが両親や、元婚約者から自分に言われ続けた、傲慢という意味を知るきっかけとなった。

そこからは坂道を転げ落ちるように自信を喪失していった。

あの叫び声も、寝食など関係なく、絶えず聞こえるようになって、暗くて鬱々として自室に引きこもるようになった。


 あの令嬢には、それ以降会っていない。

謝罪の手紙だけは送ったけれど、返事も来ていない。

当然ね。


 両親からは何も聞かされていない。


 けれど両親も、婚約者だったヘインズ様も、時間が許す限り私に声をかけに来てくれた。


 特にヘインズ様には感謝の気持ちしかない。


 幼かったとはいえ、分不相応だった私の我儘で、婚約者に選ばれてしまったのだから。


 次第に彼への申し訳ない気持ちが膨らんでいく。

同時に、彼が自分を好いてくれる筈がない事も理解した。


 それでも、どうしても解消できなかった。

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