306.愚息の元婚約者〜ダリオside

「噴火した?!

被害状況は?!」


 予測より早い噴火に、思わず顔を顰めた。


 我が国の国土の半分は海に面し、もう半分は幾つかの国と隣接している。


 その内1つは、愚息も絡んだ場所。

蠱毒の箱庭を挟んだ隣国。


 そして今回噴火したらしい、火山帯を間に挟んだ隣国。

もし被害が大きければ、隣国と共同救済が必要となる。


「は!

隣国も含め、周囲の住民は既に避難し終わっており、問題ありません」

「あの辺一帯は山の麓の辺りから、住民の居住区だった。

隣国が先に先導したのか?」

「それが……」


 何故か言い淀む報告者に、顔を顰める。

噴火ともなれば、あらゆる対処にスピードが求められる。


 あの山は建国以来、数度噴火している。

しかしその度に聖獣が赴き、鎮めて事なきを得たと伝え聞く。


 何故伝え聞くのみで、文献にはないのか。


 それは稀代の悪女の汚名を着せられた、かの王女を時の王族と四大公爵家の当主達が……いや、今はそれどころではなかったな。


 とにかく聖獣の助力が期待できなくなってから、我ら四公の先代達が手分けをして聖獣に助けられていた事を洗い出し、管理してきた。


 あの火山もそうだ。

小さな地震や地鳴りの報告が、ここ数年で少しずつ増えていた為、専門家を集めて隣国と共に監視していた。


 しかしいつ噴火するかはわからない。

住民へは何か異変があればまずは避難し、それから付近に設置した兵士達の詰め所に報告を、と通達していたのだ。


「何だ?

構わないから言え」

「は……何でもその数日前の深夜、山の方から奇怪な叫び声が聞こえ、山頂付近では季節外れの雹が降り、赤い光を放っていたとかで。

住民達は天変地異の前触れと言って、教えた通り自主的に避難していたと……」

「……何だそれは?

地震や地鳴りではなく?

何と叫んでいた?」

「それが……」


 再び言い淀む報告者。

ひとまず住民達に被害が無いのは良かったが、事態が良い筈がないのはわかりきった事だ。

躊躇う理由が思いつかない。


「何だ?

構わないから言え」

「は……オーイェー、オーイェー、デス、デス、地獄は灼熱、ベイベー、とか……」

「……とか?」


 んん?

いきなり何を言っている?

デスって何だ?


「は……キャ~、カッコイイ〜、デス、と女性と幼子が声援を送るような声で……不気味が過ぎて避難というよりはむしろ……逃亡、ではなかったのかと……」

「…………何故報告が無かった」


 確かに上司への報告を躊躇う気持ちがわからなくはない。

だからデスって何だ。


 絶句しつつも、気になる事を聞く。

噴火した当日に、数日前の報告が今とは……遅い。


「は……報告する前にその叫び声への危機感が尋常でなく煽られ、とにかく逃げなければと、付近の住民達がパニック状態になっていたそうです。

我に返って兵士達の詰め所に赴いたのが、噴火直前。

報告を聞き終え、詰め所の兵士がこちらに連絡しようとした時には、もう噴火していたそうです。

その後は避難の遅れた住民がいないか、噴火の被害状況、魔獣被害など現状を確認し、今になったと」


 天災が起きた場合には、まず現地の住民の安全確保を第1にするよう厳命してある。

兵士達に知らせが伝わってからの対処の速さは悪くない。


「魔獣被害は?」

「は……魔獣達が真っ先に居なくなっていたそうで……住民達は余計に……」


 確かに不安な状況で、危機感を本能で察知する魔獣が逃げれば、パニックを起こすのも頷ける。

幾らか訓練していても、住民達が平常心を保つのは難しい。


「そう、か……。

噴火の規模は?」

「は!

幸いにも過去稀に見る小規模なもので、溶岩は山頂の火口付近で留まり、噴石も噴火してすぐは飛来したようですが、民家の少ない山中に幾らか確認できただけです。

専門家も、このまま数日何もなければ鎮火していくと断言しました」

「わかった。

引き続き警戒はするように」

「は!」


 報告に来た騎士が部屋から出て行く。

既に国王陛下や他の部署にも連絡はなされたはず。


 それにしても山から意味不明な事を叫ぶ声に、住民達のパニックを煽る程の力があったと判断すべきだ。


「……聖獣?」


 思わず思い当たった答えが口をつく。


 アッシェ家の遠縁、ファルタン伯爵家の令嬢が、聖獣の祝福を受けている。


 元は甘やかされて育った令嬢らしい、幾らか傲慢ではあるも、快活な性格だった。


 しかし祝福を受けてからは、部屋に引きこもり、自信を無くし、常に何かに怯えるようになった。


 元愚息の、まともに顔を合わせず名ばかりとなった元婚約者だ。

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