305.ゴー! バンジー!

「3、2、1、ゴー!

バンジー!」


 かけ声と共に親指を立てた拳で、下をビシッと差す私。


「……無理だろう!

アレ取る前に、死ぬだろう!」


 必死な形相でその場に留まるワンコ君。

彼の両手には私が貸し出した、ラグちゃんの抜けたてがみで編んだ手袋。

そしてつい最近脱皮した、ラグちゃんの皮で作った巾着袋も、腰に装着している。


 ラグちゃんは元が蛇型魔獣だったからか、定期的に脱皮するのよ。


 袋は私が持っている縄と繋がっている。 


「まあまあ、全学年主任が……」

「校外ではレジルスと」


 キリッとした顔で、必要無さそうな注文をする臨時の全学年主任にして、この国の第1王子。

私の中ではズタボロ王子から、お孫君へと愛称をチェンジ中。


「レジルス殿下が放しませんわ。

多分?」

「多分かよ?!」

「そんな日もありましてよ。

元騎士見習いらしく、ガッツでゴー!

えい!」


 バシン、とへっぴり腰状態のお尻に渾身の蹴りをお見舞いすれば、縄で体を縛ったワンコ君は落ちていく。

ちなみに最近極めた、亀甲縛りを採用よ。


「どんな日だぁぁぁ!」


 場所は山頂だから、ワンコ君の声はしっかりこだましているわ。

のどかねえ。


 ここ、火山の火口上空だけれど。


 今のこの土地は、諸事情から魔法を扱いにくい。だから上空といっても、浮いているわけじゃないの。

ちゃんとした足場がある。


 そうねえ、溶岩なんかが冷えて固まってできた半円状の岩が、丸い溶岩ドームに覆いかぶさっている感じ。


 もしかしたら大昔に噴火した時、噴き上がる溶岩の勢いが弱くて、噴石になっちゃう前に火口に積み上がって固まったスパターとか言うやつかもしれない。


 前世で私のが産んだ双子の息子の1人が、ハワイで挙式しているわ。

その時に、チラッと現地の人から聞いた気がするお話だから、確証はないのだけれど。


 ちなみに前世の日本ではお馴染みワード、噴石。

アレは上空に高く散った溶岩が、冷えて固まった塊の事よ。


 彼の落ちて行った先が、ちょうど円の中心付近。


 お孫君はワンコ君を縛った背中側の縄と合体させた、太めのロープを腰へ二重に巻きつけて、しゃがんでいる。

子供の運動会の綱引きで、最後部で踏ん張っているお父さんみたいな格好に、何となく懐かしさを覚えちゃう。


 重力関係の魔法は、この土地と相性が良かったのね。

スムーズとはいかないまでも、何とか発動したみたい。

ちゃんと踏ん張れているから、一緒に落ちて行く心配は無さそう。


 眼下には噴き出すマグマ、ではなくチョロチョロ流れる溶岩流。

ドームの底、更にその側面から対面の端に向かって流れている。


 私達のいる場所の真下が、溶岩流の中央に位置するのよ。


「取った、ぞぉ、ぉぉ!」


 あら、下からワンコ君の雄叫おたけびが。

どうやら上手くいったよう。


 下を見れば、何かを両手で包みつつも、バンジー直後のような勢いで跳ね続けている。


 思っていた以上に跳ねるのね。


「うぉぉ、ぉぉぉ、生き、てるぅ、ぅぅ!

死、ぬかと、思ったぁ!」


 雄叫びが途切れがちなのも、きっとそのせい。

舌噛まない……。


「ふぐぅっ」


 あ、噛んだ。


「それじゃあ、腰の袋に入れたら腰から外して下さいな」

「お、おお!」


 今度は舌を噛まないように短く返事をしてから、慎重な手つきで巾着袋にいれ、自由にする。


「後は縄の反動でも利用するなりして、さっさと登ってらして。

早くしないと、噴火するかもしれませんわ」

「はぁ?!」


 素早く縄を手繰り寄せながら、それとなく地響きを感じて注意喚起。


 何となく魔法を阻害していた空気の圧のような感覚も和らいでくる。


「う、嘘だろぉぉぉ?!」


 あら、また雄叫びが。


 見れば、少しずつ流れる溶岩流が増えていて、小さく噴き上がり始めた。


 手繰り寄せた袋を亜空間収納し、基本は無口なお孫君に目配せ。


「ヘインズ、縄にしっかり掴まっておけ」

「は、はい!」


 頑張って縄を登っていたワンコ君は、両手で縄をしっかりと握る。


 お孫君は魔法で身体強化してから、両手で持った縄を地面に1度叩きつける。

バウンドさせた反動も使って、縄を上に引っ張り上げた。


 ワンコ君は一本釣りされたマグロみたいに釣り上げられて上空を舞う。


 後を追うように、真っ赤なマグマの飛沫しぶきが見えた瞬間、私の魔法で全員、ワンコ君のお部屋に転移。


 ワンコ君が天井にぶつかって気絶したのは、私のせいではないはずよ。

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