304.お散歩のお誘い
「さあさあ、ヘインズ先輩!
ちょっとそこまで、お散歩に付き合って下さいな」
「…………ゃだ」
ん?
ビクッと体を強張らせたかと思えば、私のお顔を怯えた様子でガン見。
少しの間黙っていたかと思えば、呟いた声が小さすぎて、良く聞こえなかったわ。
『そうだ、おかあさん。
あのね、隊長がみつけたっていってたよ。
でもこれはおかあさんのくえすと?
なんだって』
糸の加工も終わり、深夜帰宅した私は転移魔法で、そのままログハウスに戻ったの。
聖なる小狐様の上で眠りこけていた、子亀状態の天使様は、よっぽど疲れていたのね。
朝までぐっすり。
からの今朝方無事に、素敵なメッセージを受け取ったわ。
善は急げとばかりに早速転移して、教えてくれた現場を確認。
確かに隊長が、クエストと表現しただけの事はある場所だった。
聖獣ちゃん達の力を借りず、私が自分でどうにかしなきゃいけない事態だと判断して、まずはお兄様を捕獲……じゃない、探してみた。
けれど昨日、急きょお仕事が入ったとかで、お兄様は早朝にはどこかへ行ってしまった後だったの。
教えてくれたお兄様付き執事のジョンさんに、茶葉のお礼も一緒に伝え、久々に歩いて登校。
ジョンさんは馬車を手配しようとしてくれたけれど、お兄様がいないんだから、もちろんお断り。
やっぱり老後に備え、足腰の鍛錬は必要だと思うわ。
ちゃんと学生らしく、今日の半日短縮授業も終えて、学生生活の裏で暗躍を始めた私の専属イラストレーター、ワンコ君を捕か……じゃない、探し当てた。
と言っても男子寮の物陰に隠れて、張りこみをしていただけよ。
だってほぼ生徒会長ポストにいる、副生徒会長たるお兄様は欠席。
今日はお兄様が振るような、生徒会役員のお仕事はほぼ無いはずだもの。
予想通り、小1時間も待っていれば、現在お友達削減キャンペーン中の彼は、特に寄り道をした様子もなく、のこのこ……いえ、ひよこっと戻ってきた。
で、冒頭のお誘いをかけたというわけ。
「良く聞こえませんでしたわ。
何と?」
と、改めて質問。
するとやっぱり怯えた眼差しを私に向けたの。
何故?
「嫌だと言ったんだ!
その顔は、絶対良からぬ何かを企んでいる時の顔じゃねえか!
ロクな事にならねえやつだ!」
「まあまあ、企むだなんて。
可愛い後輩が、先輩にほんのちょっぴりお誘いしているだけでしてよ?」
「そのキョトン顔は、正気を疑う何かを頼みに来た時のやつだ!
絶対!」
こら、ワンコ君。
人を指差しちゃいけません。
「あらあら、そんな事は……」
「それは是非、先生にも教えて欲しいものだな」
突然の、背後から耳に心地良さそうな低音ボイスね。
私の後ろは男子寮。
ワンコ君を中へ入らせないように通せんぼうしていたのだけれど、もしかして王子は転移でもしてきたの?
それとも私と同じく張りこみ?
アンパンと牛乳を差し入れすべきだったかしら?
あら、どうしてかワンコ君が、またまたビクッと体を震わせた?
更にぎこちなく2歩後ずさり。
下手くそなロボットダンスでもしているかのような、カクカクした動きよ。
「お忙しい全学年主任である、第1王子殿下のお手を煩わせるようなものではございませんわ。
後輩として先輩と、少しお散歩をしようとしていただけですのよ」
もちろんしっかり淑女らしく微笑んで振り向けば、何だかどんよりとした視線をワンコ君に投げている?
もしや張りこみはワンコ君を監視する為だったとか?
「何をやらかしましたの?」
「いかにも俺が何かやったみたいな目を向けんな。
目当ては絶対、公……いや、何でもないです。
何なら公女は俺じゃなくて、先生を頼ればいいんじゃねえか。
な、公女。
そうしろ、な?」
何故そんなにも必死なお顔で私に懇願するの?
チラリと王子を見れば、何だか目がキラキラしているように見えるわ。
こっちはこっちで、何故?
ハッ、もしや生徒に頼られる先生気分を味わいたいとか?!
そうね、この国の第1王子という立場上、生徒はなかなか頼れないものよね。
彼も前々世の私からすれば、お孫君!
お祖母ちゃん、頼る生徒になってあげる!
「いいわ!
ちょうど2人いれば、私は何もしなくて良くなるもの!」
ガシッとワンコ君の腕に自分の腕を絡ませる。
「何でそうなる?!」
「チッ」
ふふふ、舌打ちして慌ててこちらにきたお孫君だって、忘れていない!
「え」
「レッツゴー!」
ポカンとしたお孫君の腕にも自分の腕を絡ませて、いざ、転移よ!
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