303.糸実験

「おかあさん」

「うわ、ちょ、ディア?!」

「えへへー、キャスお兄ちゃんいたんだ。

あのね、隊長がそろそろできたか、おしえてっていってた」


 放課後、学園にある秘密の小部屋で調合していれば、ディアがポン、と現れる。


 私の頭に腹ばいでだらけていたキャスちゃんの上に、ディアが乗っかったから、キャスちゃんはビックリね。


 きっと親亀の上に子亀が乗るような構図になっているんじゃないかしら?

私の頭が人気に渋滞しているわ。


 もちろん2体共に重力操作してくれているから、そんなに重くはないのよ。

せいぜい帽子からヘルメットに変わったくらいの感覚。


「いらっしゃい、ディア。

今起きたの?

そうね、今やっている糸の加工が上手くできれば、後は作ってあった部品を組み合わせるだけよ」


 昨日ディアは、ドレッド隊長と訓練を兼ねた遠征に行っていたの。

帰りは深夜だったわ。


 キャスちゃんが帰って来たのも夜だったし、お陰でR18禁小説は捗った。

けれど、小さな子供の夜更かしは、いかがなものかと思ったりもしたわ。

とはいえ、小さくても聖獣。

人の常識を当てはめるのも難しいところよね。


「もう、ディア。

ラビの頭に乗る前に、誰も乗ってないのを確認するようにって、いつも言ってるでしょ」

「はぅ、ごめんなさい。

でもキャスお兄ちゃんのせなか、あったかくて、やわらかくて好き〜」

「む……まあ、好きなのはいいけど……」


 キャスちゃんも末っ子には甘いお兄ちゃんね。

きっと白い毛皮に顔を埋もれさせ、ご満悦になっている天使の天然たらしが炸裂。

からの、デレる小狐……たまらん。


 はあ、私もキャスちゃんの背中にダイブして、モフモフと……ついでに腹毛も吸い……。


「ラビ、手が止まってる。

変態は嫌」

「そ、そうね……」


 おかしい……何故バレる。


「おかあさん、かこうにしゅうちゅうだよ!」

「ええ、ありがとう」


 そうね、天使の言う通りだったわ。

改めて手元に集中する。


 ソファに座って対面していたテーブルの上には、前世で懐かしの、理科の実験セット。


 火のついたアルコールランプに三脚台、その上にビーカー。

ちなみにこちらの世界でも、普通に販売されている器具だから、いつでも買えるわ。


 ビーカーの中には透明な液体。

液体はアメーバを溶かした、いつもゴムで使っているアレ。


 左手には半透明なグリーンスパイダーの糸。

輪っか状に弛く纏めてある。

その糸の先は、右手のピンセットで挟んでいて、ちょうど液体に浸そうとしていたところ。


 同じくゴム作りでお馴染みの糸なのだけど、実はこの糸、使い古されたグリーンスパイダーの巣を解いたものじゃないから悪しからず。


 できたてほやほやの巣を湯煎して、粘りを落として解したのを使用するわ。


 そのまま浸けこんで、1日グツグツ煮ると溶けてしまうけれど、今回は糸にコーティングさせるべく、短時間浸すだけに留める。


 用意した糸は、5本、10本、15本と糸を寄り、小、中、大と太さを変えてある。


 まずは糸の幅が小さいものから始まって、今は最後の1番太い糸に取りかかっている最中。


 小中の糸は上空でプカプカ浮いてある、あれがそう。

キャスちゃんにお願いして、宙に浮かしながら乾かしてもらっている。

とっても便利な、お狐様の乾燥能力ね。


 最後の1番太い糸の先をまずはビーカーの液体に、左手で補助しながらいくらか浸ける。

少し待ってから、その先をピンセットで挟んで出せば、既に要領を得たキャスちゃんの出番。


 先っちょがプカプカと宙を舞い始める。


 私はピンセットと左手で浸しつつ、持ち上げ、キャスちゃんは糸が重ならないように注意しながら、宙に浮かせていく。


 何だか細長い半透明な糸ミミズが、ビーカーを脱出しているみたいに見えるのだけれど?


「うわぁ、ワタアメがぷかぷかしてるみた〜い」


 ……天使の語彙力に、思わず脱帽。

次から糸ミミズ表現は、止めましょう。


 物書きとしてはどうかと思うけれど、パクッていいかしら?

後で天使に許可を取りましょう。


 なんて思っているうちに、作業終了。


「それじゃあ、強度を見ながらもう1度浸すか考えていきましょう」


 そう言いながら、最初にコーティングした小の太さの糸を確かめていく。

実験て、地道で退屈なのね。

全ての糸を完了させるまでに、天使は小狐様の背中でまた眠っていたもの。

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