302.指輪〜ルシアナside
「それにしても、いきなり娘の所に行くのは良く無かったわ」
このローブ女の名前はジャビ。
呆れた声をこの私に発するなんて、躾がなっていない。
でもこれまでに見せてきた限り、魔法の実力は本物だった。
「あの出来損ないは頭が悪いの。
直接言ってやらないとわからないわ。
それにしても、いきなり息子と鉢合わせするなんて、運が悪かったのよ。
すっかり出来損ないに絆されて」
そうよ、ミハイルが私に権限を戻さないのも、出来損ないが取り入ったからに違いない。
腹立たしいことに、出来損ないは妙なところで運がいい。
呪いの塊があると聞きつけ、連れて行けば、運悪く家庭を顧みない夫が居合わせて連れ帰る奇跡的な確率を踏んだ事もある。
「そうね、お気の毒様と言うべき?」
「そうよ!
魔法を封じられた母親に向かって殺気まで……」
思い出すだけでゾッとする。
あの時のミハイルは、本気で殺気をぶつけてきた。
「せめて魔法さえ使えていれば……ねえ、出来損ないを使えば本当に私の魔力が戻るんでしょうね?!」
これこそ私がこの女の失礼な態度に目をつぶってやる理由。
顔がローブに隠れて見えないから、表情から情報は得られない。
顔を見せろと言えば、ならいいと消えようとする。
たちが悪い。
「もちろんよ。
気持ちはともかく、血の繋がりがある以上、魔力の親和性は高いのが普通だもの。
その手の魔法に長けた者なら、君の娘の魔力を媒介に封じを解除できるわ。
ただ神殿の人間だから、表向きは助けを求める形で接触する必要があったの。
ちゃんと話はできたでしょう?」
「ええ。
向こうは虐待していたとか何とか言っていたけれど、貴女の言う通り私は被害者で、娘共々迫害を受けていたと言ったら、ひとまず信じたみたい。
ただ母親として娘と共に教会で保護される事が条件だと言われたから、どうにかしてあの出来損ないを連れ出さないといけないの」
あの時対応した亜麻色の髪の神官は、何と言ったかしら?
たかが神官の名前は、一々覚えていない。
ロブール家の名前を出したからか、詰め襟に紫のラインが入った上位神官が出てきた。
向こうは何故か出来損ないの身辺を探っていて、不躾にも訝しげな目を隠しもせずにジロジロと見てきた。
「一石二鳥ね。
どうせ彼女の身柄は押さえなければいけなかったし。
それに実は神官が、あの娘の身柄を保護しようと動いていたようなの。
君より先に確保されれば、神殿は君を保護しなくなるかもしれない。
急いだ方が良いわ」
「だったら貴女が手を貸してちょうだい。
可愛いシエナの親友でしょう」
この女は提案するだけで、直接動こうとしない。
金や宝石をチラつかせても駄目だった。
「それはできないと説明したはず。
私は君やシエナが気の毒に感じたから、好意で助言するだけ。
それ以上は、私が力を使うのに支障をきたすわ。
でもそうね、魔法の使えない君が不利なのは間違いないか。
これをあげる」
懐を漁り、艶のない桃茶色の指輪を差し出す。
素材は木かしら?
「これは?」
「指輪の形をした魔法具。
これをはめていれば、一時的に魔法が使えるはず。
注意事項は、誰かの命を魔法で意図的に奪おうとしない事。
それから連続使用は1分が限界だし、貴女の得意だった風刃と火球レベルの魔法しか使えない事」
「……短すぎるし、初歩の魔法ね」
「それだけ君にかけられた封じの力が大きいから。
嫌なら止めていいし、全てに対して選ぶのは、君。
私は強制しない」
「ちょっと!
誰も嫌だとは言っていないじゃない!
私に損はないんだから!」
再び懐に戻そうとしたから、慌ててひったくり、左手の中指にはめる。
「今魔法を使っても?」
「ええ。
私に向かって攻撃魔法でも放つ?」
言うが早いか、自らを囲うように結界魔法を展開する。
「それなら……」
もちろん殺すつもりはない。
随分と長い間魔法を使っていないから、緊張するだけ。
目を閉じれば、ずっと感じなかった体を巡る魔力を感じる。
それにまずは歓喜と高揚を覚える。
かつての感覚を思い起こし、体内で魔力を練れば、指輪にそれが流れるのを感じる。
放て!
カッと目を開け、心の中でそう命じれば、風刃が左手から放たれた。
結界魔法に阻まれて霧散した風刃以外は、周りの家具やカーペットを切り刻む。
「どう?」
「ええ、感謝してあげる」
知らず、笑みが溢れる。
これだけ使えるなら、問題はない。
室内だから火球を試せないのは残念ね。
※※後書き※※
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多分キリの良い後2話も近日中に公開していきます。
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