296.浅ましさと軽薄さ〜ヘインズside

「すまない、全て私が悪いのだ。

身分を戻してもらうよう、かけ合う」


 殿下が項垂れ、片手で顔の半分を覆う。


 過去の自分なら、この言葉に縋ったかもしれねえ。

必ずそうしてくれるって、何も疑いなく信じたんだろうな。


 この男の浅ましさと軽薄さに気づいても、湧くのはやはりという落胆だけ。

どこか他人事のように感じちまう。


 行動するなら、俺がこうなる前に行動できただろう?

既に絶縁され、血縁上だけの父親となったアッシェ家当主は、俺達があの箱庭から出てすぐに下された方の決定だけは、殿下に伝えてたんだから。


 なのにあの時点で、第2王子として行動したのは、手紙で異を唱えただけ。


 四大公爵家当主の決定には、さざ波のように小さな影響すら与えない。


 こんな事は、貴族であれば子供でもわかる。

まして彼は王族だ。


 薄っぺらい言葉に騙される奴なんか、こうなる前の俺ぐらいなもんじゃねえか。

どれだけ盲目だったんだかな。


 気を弛めれば、自嘲に顔を歪めちまいそうだ。


『三つ子の魂百までなのだもの。

今更王子の利己的で傲慢、なのによく見せようとする器の小さな性格は変わらないのだから、むしろ私が蠱毒の箱庭に入って帰って来なければラッキーくらいに思っていれば良かったのよ』


 あの箱庭で、初めて公女の素顔の一端を垣間見た時に告げられた言葉。

本当に、その通りだ。


 この王子を誰よりも理解していたのは、常に蔑み、時に怒鳴りつけ、挙げ句に怪我まで負わせた元婚約者のロブール公女だった。

殿下の周りの誰よりも、主と慕って長年つかず離れずの関係にあった俺よりも、まともな交流1つした事のなかった彼女だ。


「必要ありません。

ご存知でしょう。

四大公爵家からの除籍に関しては、国王陛下の承認が必ず必要になる。

これは国王陛下の意志でもあるんです」

「くっ……そうか。

ならば、せめて騎士としての勤め先だけでもかけ合うと約束する」


 ふっ、本当に俺の見る目は無さすぎたようだ。

王子の上っ面だけの真摯を装った言葉に、もう落胆すら起こらない。


『無意味な自己保身や自己の正当化は怪我の元でしてよ。

それに物の見方が偏りすぎているのは清廉で公正であるべき騎士としてはいかがなものかしら』


 ああ、だから俺はもう、剣を握るつもりはねえ。

あの時は辛辣で意地悪く聞こえた公女の言葉が、ストンと心に入る。


「結構です。

そもそも騎士団長のアッシェ公が、それを認めるはずもありませんから。

それに私はもう、騎士になりたいと思っていません」

「な、何故だ?!

護衛騎士は難しくとも……」


 殿下の側近で、護衛騎士になる事を目標に鍛錬を続けてたのを知っているからか、流石に慌てた様子で立ち上がり、歩み寄ってきた。


 いや、この反応は違うな。

自分の言葉に何の反応も示さなくなった俺に、焦ったのか?


「今の私は、別の道に進みつつあります。

それにロブール公女への贖罪でもあるんです」

「別の……一体、どのような道だ?!

それに公女への贖罪、とは……」

「お伝えは致しかねます」


 流石に言えねえ。

破廉恥作家の専属イラストレーターとか、R18禁小説の挿し絵で贖罪してるとか、絶対言えねえ。


 イラストレーターとして、然るべき秘密保持契約は結んでいるが、それ以外に誓約魔法は使われてねえ。

右肩の誓約紋も、他者へ故意に魔法や拳で暴力を振るわなければ、特に発動はしねえって聞いてる。


 これまでに俺が公女にやらかした、粗暴で見下した言動から、とことん俺への信用はねえんだろうな。

もしくは、あの保護者認定されてる2人が、公女にとって大切な人間なんだ。


 あの修行部屋に連れて行かれてすぐには、自分が平民だと認められなかった。

かなり反抗的な態度だったと思う。


 何度か殴ろうとした事もあった。

ユストさんを。


 けど毎回、いち早く師匠に腹パンチを食らう。

もしくは後ろから首にロックをかけられ、意識を刈り取られる。


 余談だが、目覚めて公女だけがいる時は、高確率で亀の甲羅のような縛られ方をしていた。

しっかり覚えておくようにと鏡の前に立たされたが、意味がわからない。

一応、描けるようになっている。


 お陰で今のところ、右肩の誓約紋は発動していない。


「……あ……そ、そうか」


 自分を主と崇め、従順だった俺からはかけ離れた態度に戸惑っているんだろう。

困惑した様子で後ずさった。


 そんな王子との時間は無駄だ。


「それよりも、私への要件をそろそろ伺ってよろしいでしょうか?」


 早く帰ってノルマ分を描かないとな。

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