295.多才な破廉恥作家〜ヘインズside

「ヘイン……久しぶりだな」

「……ええ」


 あの蠱毒の箱庭に入って以来、もう何ヶ月ぶりになるかわからないくらい久々の登城。


 と言っても俺が訪れたのはあの頃と違う、比較的小さな離宮。

この国の第2王子であるジョシュア=ロベニアが静養の為に使っている、王族の離れのような宮だ。


 通された部屋は、カーテンを全て下ろしていて薄暗い。

まだ日が高い為、隙間から日の光が軽くさしこむから、銀髪もボサボサで、虚ろな碧眼なのはわかる。

目の下には、隈もできてるんじゃねえか?


 ベッドの端に座るシュア……いや、もう二度と胸中ですら愛称では呼ぶべきじゃねえ。

殿下とは、最後に会ってからまだ半年も経ってねえ。


 なのに自信に溢れて溌剌とした面影は、どこにもなくなっちまってる。

元は主であり、友でもあった男は、随分と落ちぶれたな。


 ふと寮の一室に引きこもっていた頃の、自分と様子がかぶる。


 けど殿下は、自分を裏切った男だ。

同情はしねえよ。


 ただ恨む気持ちは、もう消え失せた。


 つうか2学期直前から始まった、監禁修行生活を余儀なくされ、今も色々と……本当に色々と、色々な意味で身の危険を感じながらの修行中の身だ。

そんな事を考える余裕すら、無かったっつうのが正しい。


 考えなくなると、あれだけ鬱々と恨んでいた気持ちも、もうどうでも良くなる。

この後も予定は詰まっていて、正直殿下と話す時間すら、惜しく感じるくらいだ。


 認めたくはねえが、あの公女の変た__いや、破廉恥作家の破廉恥な趣味に付き合わされているお陰だ。

どうにか生活ができているのも、彼女が斡旋する仕事の収入があってこそ。


 ありがたいと、心から感謝している。


 ただ、あの破廉恥作家は破廉恥の鬼だ。

趣味に忠実過ぎる、鬼だ。


 特にオネエな師匠にも内緒にしろと言って依頼してくる、彼女がR18禁と呼ぶ小説の挿し絵。

あの仕事を彼女が確認する時は、変た__いや、破廉恥極まりない弛んだやべぇ顔のくせに、容赦がねえ。


 けどこれも、俺の自業自得。

ただ逃げに徹していただけの、仮にも四大公爵家の公女に、罵詈雑言を長らく吐き続けた俺が悪い。


 まあ馬鹿にして、下に見続けた実際の彼女は、多才で相当な切れ者だったんだが。

自分の力だけで財と人脈を成している、父親譲りの天才魔法師。

周りの評価にも悪意にも、興味が無いから流していただけ。

興味がある事には全才能を極振りする、破天荒が過ぎる人間だったが、それと己の罪はまた別だ。


 罪の意識が薄まりそうになるから、あの破廉恥っぷりを少しだけでも抑えて欲しい。

とは思っていても、もちろんそこは胸に秘める事にして、破廉恥なオーダーに忠実に応え続ける。


 元々騎士以外に、何かの道を目指そうとした事はねえ。

けどイラストレーターという仕事は、向いていたらしい。


 贖罪するべき彼女が、心から喜んでくれているのはもちろん、俺へのファンレターとかいう、恋文とも違う好意の手紙は、読むと思う以上に嬉しくて、やりがいを与えてくれるようになったんだ。


「よく、来てくれた」

「……ええ」


 殿下と対面する前までは、怒りに駆られて胸倉くらいは掴むかもしれねえと、不安で仕方なかった。

だが危惧する必要がないくらい、心は凪いでいる。


 本来なら今の俺には、王族の居所を訪れる資格はねえ。

生家であるアッシェ公爵家からは、正式な除籍謄本が送られてきた。

事務的な文言が書かれた手紙と共に。


 手紙には、学費と寮費は俺が今年度に卒業する分だけを振り込んである。

それ以外は今後、自らでどうにかしていくようにとだけ書かれてあった。


 概ね、あの日の監禁直前、彼女から告げられた通り、俺は生家から卒業を待たずして除籍されている。

つまり今の俺は、ただの平民。


 なのに他ならぬ王族が望めば、話は変わり、こうして登城もできる。

そして断る事は、許されねえ。


「ここには私とお前しかいないんだ。

以前のように気軽な口調で話して欲しい」

「殿下、私の身分は平民となっています。

それはできかねます」


 もちろん昔のようなタメ口だって許されねえ。


「そん、な……平民……」


 俺の言葉に、殿下は絶句した。

予想はできていただろう。

実際にそうなるとまで、考えていなかったのか?

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