293.もう母上とは呼べない〜ミハイルside

「ミハイル!」


 母上が嬉しそうな顔で近寄ってきて、さっと俺の手を取る。


 俺が今どんな顔をしているのか、全く意にもとめないらしい。


「この母の為に、この檻に出来損ないを閉じこめたのでしょう!

偉いわ、さすが私の息子ね!

可愛いシエナを追い出したんだから、当然よ!

なのにあの出来損ない、図太くも好き勝手しているのを見たの!

だから私も入れるようにしてちょうだい!

罰を与えてやらなくては!」

「……閉じこめた?」


 檻、だと?!

何を言っているんだ?!


 柵をつけたのは、妹と話し合った上で決めた事だった。

畑を広げたいが、野犬が迷いこんで荒らされる事もあるからと言われて。

公女が畑とは、いかがなものかというツッコミは、華麗にスルーされたが、今はどうでも良い。


 勿論、本物の野犬なはずがないのは、互いに理解した上での例えだ。

邸の敷地に野犬は出ない。


 妹が自分から認めた者以外は、柵の中に入れない仕様にしている。

俺も例外ではなく、妹が許可をしてくれているからこそ、中に入れる。


「そうよ。

邸をうろつくのが目障りだったんでしょう?

でも頭の程度が低いままね。

目を離したら、これだもの」


 間違いなく許可を与えられていない母親の、意外すぎる解釈に、眉根が寄る。


「……出来損ないとは?」

「もちろん忌々しくも、血だけ繋がっているラビアンジェに決まっているじゃない!

でも私の愛する子供は、もうミハイルだけ。

あんなのを産んだなんて、考えるだけでもおぞま……」

「ふざけるな!」


 全てを話し切る前に、遮る。


「貴女の言葉は、聞くに堪えない。

何故そうなってしまったんですか?!

ラビアンジェも貴女の子供でしょう?!」


 ふと、あの屋上で妹が元義妹に話していた事を思い出す。


 元義妹のシエナが魔法呪に取りこまれ、俺達に悪夢を見せられたものの、無事目覚める事のできた、その後だ。


『きっとこれがあなたとまともに会話できる最後の機会になるんでしょうね。

流して欲しくないと望むのなら、あなたがお祖母様の孫である事に免じてまともにお相手して差し上げるわ』


 あの時何故、祖母の孫に免じてと言ったのかは未だにわからない。

いや、そもそも妹は何を考えているのかすら、全くわからないが……。


 ただ最近は、あまりにも人生を達観していると感じる機会が多々ある。

まるで何度も人生を繰り返し、現在を余生のように捉えて生きているかのような……いや、何を言っているんだろうな。


 とにかく、妹は誰の悪意にも興味がない。


「はっ……ミハイル、何を言っているの?

あんなのが、私の子供?」


 もはや母上と呼べなくなったと実感する、顔を醜く歪めたこの女からの、強すぎる悪意にも妹は興味がない。


『それに少なくともその内の1つはあなたの養母として常に身近にいたのだもの。

あんなにも欲まみれで自尊心が高くて傲慢、自分の能力とやらを過信しかしない人間の側に何年もいて気づかないとも、あのお母様がそれを話さないとも思えないわ』


 だから本来、何かしらの感情を伴うはずの肉親を、客観的に、その本質通りに評価している。


『ふふふ、どうして知らないふりをするのかしら?

それともそこには気づいていないの?

お母様は初めから次代のロブール公爵に嫁ぐと双方の家で取り決めていた。

つまり駆け落ちするまでは次期当主としてロブール家にいたあなたの実父こそが、お母様にとっては真の婚約者だったの。

駆け落ち相手であるあなたの実母を誰よりも憎んでいたのはお母様。

伯父様の弟であるお父様に嫁ぐ事はお母様にとっては屈辱だったんじゃないかしら。

だからこそ私とお兄様はお母様に愛されていない。

そして私は実の娘のあなたよりも、伯父様に似ているわ。

持っている色も顔立ちも』


 あの時魔法呪に支配され、憎しみに染まっていただろう、義妹だったシエナは今、老婆となって北の強制労働施設にいる。

悪魔と取り引きを行い、学園の生徒達ばかりか、王族であるレジルス第1王子をも殺めかねない罪を犯したからだ。


 内々に処理されたのは、四大公爵家の元養女だったから。

何より魔法呪という呪いや悪魔の存在を公にする事で、民達に混乱を招きかねないとの判断もあったからかもしれない。


 あの時の悪夢が見せた過去の罪__実の両親を手にかけた親殺しの罪からでは、決してない。


 しかしあの状態で元義妹が泣きそうな顔をしたのはきっと、両親への本心を看破されたから……。

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