290.再びの爆笑〜ナックスside
「茄子と海老……」
「……はい」
最後に何を食べたか伝え、教皇猊下への報告を終わる。
いたいけな公女を、今度こそ救いに行ったはずなのに、何故こうなったのか。
私達3人は各自分担し、解体した魔獣を抱えて山から降り、孤児院へたどり着くと、早速子供達と公女が待ち構えていた。
『ラビちゃんと合流できたんだね』
するとカイというあの子供が、そう言って私にあどけない笑顔を向ける。
この子と初めて顔を合わせた日、公女が週末に一泊すると教えてくれた。
本人はただ、公女がお泊り中に遊んでくれるのが楽しみだと言っただけだけれど。
今朝ここに再び訪れた私に、公女が山へ入ったと教えてくれたのも、この子だ。
もちろん礼を行って、頭を撫でた。
その間にも眼光の鋭い、厳つい様相の少年はロブール次期当主から羊を受け取り、外で羊を捌き始める。
随分と手慣れていた。
不思議な事に羊は血がほぼなく、内臓は海老のような背わたで、皮も綺麗に剥がれ、中は白い身が詰まっていたと小耳に挟んだ。
皮は繊維質な何かだったらしい。
どんな生態の魔獣だ。
羊毛は孤児院への寄付にするそうだ。
これからの冬に備え、皆でマフラーを作るらしい。
丸茄子は私、次期当主、ファルタン伯爵令嬢、小さな子供達でカット。
やはり公女の笑顔の圧に屈してしまう。
意外にも次期当主は妹である公女の指示に素直に従っていた。
妹には常に高圧的で、気に入らなければ怒声を浴びせると聞いていたのに……いや、小さな子供達がいるからか。
山中では開口一番、公女に声を荒らげていた。
人目を憚っているのだろう。
ファルタン伯爵令嬢は、そもそもが包丁の扱い方を知らず、小さな子供達にレクチャーされ、ひたすら恐縮していた。
そういえば貴族令嬢って、これが普通ではなかったか?
しかし貴族の代表とも呼ばれるはずの四大公爵家の1つ、ロブール公女は令嬢とは全く様子が違った。
大きい子供達と羊の下処理を手早く済ませ、茄子部隊より羊部隊の方が早く調理を始める。
料理は茄子と海老のチリソース炒めとやらはもちろん、天ぷらやフライ、焼き物もあった。
調理はほぼ公女主導で調理されたそれは、これまでの私の料理の概念を覆す程の美味。
羊が海老味とか、意味のわからない事態すらも忘れる程に、美味。
白いタルタルと呼ばれるソースはもちろん、この辺りで採れた塩とハーブを用いたハーブソルトとの相性も良かったからだろうか?
それに公女が近くの空き地で見つけたという、アイスプラントと呼んだあの植物。
草にほんのり塩気があった。
新種の植物のようで、地中の塩を吸い取っているようだから、新たな研究材料の1つになりそうだと、ほくほくした顔で公女は同級生の少年と話していた。
余談だが、公女には少年の鋭い眼光も、穏やかになるらしい。
そうしてお昼を食べ、今度こそと誘おうとしたものの、公女の兄と同級生に邪魔をされ、すごすごと帰る羽目になった。
つまり再び教皇猊下からの依頼を、叶えられなかった。
猊下は机の上に置いた拳を、あの時のように握って震えている。
怒ったところを見た事はないが、今度こそお怒りだ。
それはそうだろう。
この上位神官である私は、公女の遊び__あれは絶対、遊んでいた__に付き合った上に、最後は孤児達と準備した昼食まで食べて帰ったのだから。
もちろん合間に逃げ……離れようとした。
ファルタン伯爵令嬢共々、何とか共闘もした。
だがあの公女はやはり何食わぬ顔で、しれっと子供達を煽り、次の行動を仕向けていく。
公女の有無を言わせぬ話運びと笑顔の圧は、やはり魔力の少ない凡庸な、血筋だけの少女のものではない。
「………………くっ」
猊下はとうとう怒りを声に漏らしてしまった。
何とも自分が情けない。
「申し訳……」
「くっ、くくっ……ふっ……あはははは」
「げ、猊下?!」
何故?!
あの時のように猊下が突然爆笑?!
長らくお仕えしてきて、この1週間で2度も奇跡の爆笑を目の当たりに?!
「はぁ、ふふ……くくっ……いえ、また笑って……ぶふっ。
そうですか、あの方達の孫が2人共……。
それに頭の硬い貴方が……ふふっ……また昼食の支度……ぷくくっ」
あ、頭が硬いとまた言われてしまった?!
やはり気のせいではなく、確実にそう思われている?!
しかしあの公女の奇想天外さを目の当たりすると、自分の頭は硬すぎるのかもしれない……。
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