271.ウチワとメガホンと小説〜ミハイルside
「やあやあ、麗しの第1王子殿下、ミハイル君」
「……何故ここに?」
今日は魔法師団と騎士団の公開合同演習があるからと学園の魔法師科から各学年数名ずつが派遣された。
全員が治癒魔法に長けた学生達で、実技練習も兼ねている。
毎年恒例で、ある秋の日に数日にわたり執り行われるがとにかく怪我人が多い。
表立って対立はしないが魔法師と騎士では攻守のやり方、考え方が違っているからそのすり合わせと、恐らくそれぞれの日頃のストレス解消も入っている。
互いに誇りや考え方も家柄も違うから摩擦があるのは致し方ないのだろう。
城内での治癒に特化した者達だけでは間に合わない事と、生々しい怪我も発生するから学生達の経験値を上げる事に一役買うとの理由で毎年こうして招集される。
ちなみに公開と銘打っているだけに最終日の今日は観客が多い。
この日だけは平民にも観覧が許され、人気のある者には熱い声援と視線が降り注ぐ。
そして今年は若い女性達を中心にウチワとメガホンなる物が手に握られていた。
何でも巷で人気の小説家とやらがそんな応援グッズなる物を作中に取り上げ、それを挿し絵という、それまでの絵画とは全く違う類の絵を間に挟む事で形を視覚的にも伝わったらしい。
更にとある大商会が目を付け、先週、庶民に人気の大衆演劇で売り出したところで完売。
今週に入ってその小説の挿し絵を担当した、絵師と呼ばれる者が描くイラストカードなる物も、売られ始めたとのことだ。
…………妹、何やってる?
巷で人気の小説家は気の所為であったような気がして欲しいが、恐らく万が一にも妹のような確信がある気がしてならない。
作風は王道の物もあるが、いかがわしい物もあると目の前のこいつが無理矢理押しつけた過去の小説から知った。
何なら春頃に入って発行された、その作家の新刊の原本をあの小屋で読んだと思わざるを得ない。
赤い字で修正とかされていた、原本の更に原本だった。
「はっはっはっ。
そろそろ演習が終わって2人で逢い引きする頃だと思ってね。
タイミングを見計らっていて良かったよ」
確かに王立学園の実技生徒代表として毎年王族に頼む実技評価表を貰いに隣の第1王子の臨時天幕には来たが、誤解されそうな言い方をするな。
ウインクもするな。
「それにしても相変わらず、ロブール家は兄妹揃ってつれないな。
巷で流行りの小説が手に入ったから、是非君達にもと思って買ってきたのだよ!
自分の分以外の初版が手に入らなかったのは残念だが、こうして重版された物は手に入ってね!
交換券を3枚手に入れるだけでも大変だったのだよ!」
「いらん……」
「これぞ新たな世界!
小説に新風が吹いたから、貴族の嗜みとして受け取りたまえ!」
こいつ、初版と重版と両方買ったのかと思いつつ断ろうとしたが、無視して押しつけられた。
ん?
表紙にも絵がついていたのか。
確かにこれまでの絵画とはどこか違う。
しかし表紙は人物ではなく庭園にセッティングされたティーセットだな。
女性が好みそうな柔らかな線で描かれている。
腹黒男の期待の眼差しと妹の新作かもしれないという興味心を刺激され、隣の王子と共にパラリとめくる。
あ、やっぱり妹の書いたやつか。
原本で見た学園百合物の続編だった。
魔法師科と、騎士科の年上女性との距離が、縮まったところで終わっていたやつの続きだ。
それにしても……だからか、と合点がいく。
一時期心配していた妹が、先月末までどことはなしに落ち着かず、夜も眠っていなさそうにしていたのは。
妹の奇抜な魔法具で何とか魔法呪を片づけたあの時、俺の目の前で人生2度目の聖獣が突如妹の頭にド派手な鬘に擬態していたかのように現れた。
まさか妹があの稀代の悪女以降、初の聖獣の契約者だったとはな。
知った時は驚いたが、その聖獣によって連れ去られた妹は次に会った時に耐性があったにも関わらず、魔力の枯渇が酷くて1週間も眠っていた。
妹を連れ戻った父は心配ないと言っていたが、今まで1度もそれで倒れた事のない妹が倒れたんだ。
心配しないはずがない。
そしてあの赤い派手な聖獣は今はもう天寿をまっとうしたらしく居なくなっている。
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