272.新世界と秘匿〜ミハイルside

「この……絵は……」


 王子が押しつけられた小説をパラパラめくり、どうやら巷で噂の新世界をのぞき見たようだ。


 俺もめくるが、妹の破廉恥さをのぞき見るようで気が引けて、結局別の事を考える。

といっても妹とあの赤い聖獣、ヴァミリアの関係だ。


 あの聖獣は元々寿命が近かったらしく、天寿をまっとうしたがその時の契約を切る作業で妹は倒れたと聞いた。

何故妹が契約者になっていたのか、だが……。


 妹は春に俺が読んだあの小説など比にならない、更に生々しい小説を書いていた。


 あの聖獣はそれを読み……まさかの大ファンになったとか。

誰よりも早く自分が読みたいがばかりに契約をし、ある種の小説専用亜空間収納を授けていた。


 もはや聖なる獣の粋を超える、欲望にまみれたただの獣だ。

最古の聖獣だろう。

そんなんで良いのか。


 その話を聞かされてもにわかには信じられず、しかし小説専用亜空間収納だけはそのまま引き継げるよう亡くなる前に手配されていたようで、そこから出した小説は……いや、内容はもう言うまい。


 そして元聖獣の契約者だった四大公爵家公女の存在は国王陛下直々の厳命により秘匿されたと聞く。

理由は……いや、もはや言うまい。


 ちなみに契約についてのアレコレは父上と共に引き継ぐ現場に転移したレジルスも知らない。


『お兄様には心配かけましたから、内緒でしてよ』


 そう言って亜空間から出した小説を見せられたが、妹が兄の想像を突き抜けた破廉恥作家だった事にショックを受けた。


 秘密を打ち明けてもらえる兄となったのは喜ばしいが、そこはむしろ墓場まで持っていく秘密にして欲しかったと思わないわけではない。

もちろん墓場まで持っていく俺の秘密となった。


 貴重な亜空間収納の使い手となった妹だが、破廉恥本限定とか使えねえよ。

亜空間収納が何基準で識別しているんだ。

教養に関する本を入れさせろ。


 ちなみに入れると凄まじい勢いで投げ返される。

教養本は受付断固拒否と言わんばかりに壁にめりこんだ。


 もう1度言う。


 破廉恥本限定とか使えねえよ!

亜空間収納が何基準で識別しているんだ!

教養に関する本を入れさせて下さい!


「……まさか……」


 ハッとしたような顔で小説の隅々を読み始めた王子に側近の腹黒はご満悦だ。

妹が腹黒の教祖に思えてきた。

面倒な相手に破廉恥信仰を流布しないで欲しい。


「そういえばロブール家の元養女は突然消息を断ったと聞いたが、その後進展はあったのかい?

入学してからの素行不良は病のせいだったそうじゃないか」


 心配そうな顔を作ってはいるが、緑灰色の目は興味津々だな。


 元義妹となったシエナはあの悪魔の話の通りなら、生きられて数年だろう。


 あの子は恐らく今も顔の醜く歪んだ老女のままだ。

ロブール家の嫡女を長年虐げて貶めたばかりか、自らの意志で魔法呪となって無関係の学生達を危険に曝した。


 四大公爵家であるロブール家当主としての父上と国王陛下の話し合いによって秘密裏に北の強制労働施設に放逐されていた。


 俺も当初それを知らなかった。


 というのもあの屋上で父上と王子が消えた後、シエナは騎士団長に連行され、地下牢に入ったからだ。


 面会に行けば、父上から既に城にはもういないとだけ告げられ、当主命令により邸内のシエナの世話に関わっていた使用人達の大半は解雇された。


 ただ不当解雇ではない。

俺が邸内の現状を調査し、母上や元公女にすり寄るばかりで職務放棄をよくしていた者達ばかりだ。

中には妹の私物をくすねていた者までいて驚いた。


 思っていた以上に父上が動く時は唐突で処理が早い。

やろうと思えばすぐにできたのにここまで引っ張っていたのは、邸に興味を置いていなかったからだろう。


 妹が聖獣の契約者だった事に個人的な興味を引かれ、つられて邸内の掃除を思いついたに違いない。


 とはいえ既に除籍していたしても、最近だとそこのニルティ家も同じようにしていたとはいえども、元養女の仕出かした事をいとも簡単に不問にしたわけだが、国王陛下とどんな話をしたのか。


 ずっと探っているものの、答えは見つからずじまいだ。

ただ思い当たるのは聖獣の唯一の契約者だった妹がロブール家の公女だったからかもしれない。


 既に聖獣との信頼が失墜している王家と四公にとって、元とはいえ聖獣の契約者となった王家に近しい家柄の公女の生家に沙汰は下せない。

あまつさえその契約者を王族の1人であり、かつては婚約者であるにも関わらず、四公の子息令嬢を煽って貶め続けたのだから。

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