269.居眠りと肖像画〜レジルスside

「ねえ、これどうする?」

「左様ですわね……寝不足だったのかしら?

ぎりぎりまで起きて寝落ちするなんて、小さなお子ちゃまね」


 くすくすと何かを思い出してほっこりしたような柔らかな顔をする。

一体何を思い出しているのか気になるが、ヘインズのそれは寝落ちではなく間違いなく失神だ。


「白目を剥いて寝落ちは無いんじゃない?

ああ、でもこのままの方が運ぶのは楽ね。

下手に暴れたり震えられたら絞めたくなるし」

「あらあら。

新しい世界を広げてもらわなきゃいけない大事な商ひ……コホン、人材なのだから、しごき過ぎて壊さないでね」


 今商品と言いそうにならなかっただろうか?

やはり売るのか?

いっそ今すぐ売り飛ばさないか。


「ラビにしてきた事を考えれば使い潰してやりたくなるけど、金の玉子だと思って潰さないように自制するわよ」

「ふふふ、ええ。

一応数ヶ月で結果を残せるようにお願いできるかしら?」

「急いでいるの?」

「早くやってもらいたくてそわそわしているだけよ」

「もう、ラビ」


 困ったように微笑んだ保護者は手触りの良さげな公女の両頬にそっと手を添え、親指を薄っすらできた隈にそわせた後、きょとんとした公女をぎゅっと抱きしめた。

子供をあやすように華奢な背中を軽く撫でる。


「気持ちはわかるけど、こういう事は焦らない方がいいわ。

それにあなたこそ最近あまり寝てないんじゃないの?

大方時々くる本能のような波に抗えずに動きっ放しだったんでしょう」

「ええ、まあ……張り切ってしまったとは思っているわ」


 細身とはいえ小柄な公女より体が大きい保護者の胸に顔を埋めていて表情はわからないが、どこかバツの悪そうな声だ。

保護者の前では年相応になれるのかもしれない。


「少し昂り過ぎよ。

必ず最短で仕込んであげるから、今日はもう帰って眠りなさいな。

心配しなくてもアトリエはユストが手配したんだし、あいつは面倒見の良い儲け主義だから、私が潰さないように見張りつつ、そいつのフォローもしてくれるわよ」


 色々気になる発言をサラッとする保護者だな。

そもそもユストとは何者だ。

保護者その2、だよな?


「…………そう、ね。

少し焦り過ぎていたのかも。

そうよね、まずは今後の活動の為にも土台をしっかり築いてからよね。

じゃあ、後はお願いしようかしら」


 さすが保護者だな。

どことなく張っていた公女の空気が和らいでいる。


「良い子ね。

任せなさいな」


 そう言って撫でるのは、相変わらず赤い腹だったが。


 その後は2人を残して裏門に待たせてあった馬車に乗りこむ。


 真後ろに黒塗りの怪しい馬車が停まっていたが、厳つそうな体格の御者と片手を上げて軽く挨拶をしていた。

フードを被っていて顔はわからないが、公女の顔からは親しみを感じたからその者も保護者の1人なのかもしれない。


「眠ったのか。

少しゆっくり走ってくれ」


 あの保護者によって気が抜けたのか、赤い鼠を膝に乗せて機嫌良く例のノートを見せ始めてからすぐに眠ってしまった。

車内の揺れが気になり、御者に速度を緩めるよう伝える。


 鼠は相変わらず俺を睨んでいるものの、起こさないよう気を使っているのか無言無動だ。


 負けじと見つめ返す攻防を繰り広げつつ公女の顔を眺めていて、ふとある肖像画を思い出す。


 小さな紙に描かれていただけの何枚かに少女が描かれていた。

1枚を除いて正面から描かれた少女は全て無表情で冷めた目をしていたが、1枚だけは別の方向を向く少女を遠くから見たようなアングルだった。


 白いリコリスの花束を手に誰かに柔らかな笑みを向けていて、恐らくその少女が王女だ。

桃銀の髪にあの日公女が見せた藍色と金環の瞳。

眠る公女と柔らかく微笑む少女の面影がどことなく重なる。


 描き手が何を思ってそれを描いたのかはわからないが、全ての肖像画に聖属性の魔力が宿っていた。


 城に王女に関わる物は1つもない。

不自然な程に彼女の生きた痕跡は消されている。

あの離宮の小屋にすら、王女の物は無かった。

悪魔を呼び出したなどという不名誉極まりない嘘を現実にする為だったのだろう。


 だとすればそれを指示したのは……彼女の父親であり、俺の曽祖父だ。

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