267.怯え〜レジルス
「開きましたわね!」
ああ、親指を立てて得意気こちらに振り撒く笑顔は何とも清々しく、年相応に溌溂として可愛らしい。
「うちの子犯罪者の素質ありね」
保護者が呆れつつも褒めるように頭を撫でているが、そのポジションも良いな。
代わってくれないだろうか。
ずっと頭に鎮座していた赤い鼠はサッと回転して腹を差し出したから、実際に撫でているのはコイツの腹だ。
現実では頭から少し手が浮いているが、しれっと幻覚で誤魔化している。
公女は部屋を予め知っていたのか、全く臆する事なく保護者の腕を絡めたまま目的地に辿り着き、ノックしても目的の人物が出て来ないのに痺れを切らせ、懐から針金を2本取り出して普通に鍵を開けてしまった。
魔法も使わず数十秒で開けてしまうのだから、いつでも針金があれば不法侵入できてしまいそうだ。
これ、主任として見過ごして良いのだろうか。
まあ良いか、寮費を支払う保護者の許可を人権諸共手に入れているようだし。
中に入ればベッドの上で布団を頭から被って怯えるヘインズがいた。
盛大な勘違いをして異母弟や元公女と共に無才無能の悪女だといたいけな公女に突っかかっていた騎士見習いが、もう見る影もないな。
「ひっ!
何者?!」
「ふふふ、お久しぶりですわね」
「ラ、ラビアンジェ公女?!
何故、ここに?!」
チッ、名前呼びを許された事もないだろうがとイラッとしてしまう。
「あなたのお父様であるダリオ=アッシェ公爵より、あなたが私に対して行ってきたこれまでの暴言や私の評判を現実以上に貶めてきた行為への慰謝料として、あなたを頂く事になりましたのよ!」
「……は……い、いしゃ、りょ……ひぃぃぃ!
助けてくれ!
俺が悪かった!
許して欲しい!
もう痛いのは止めてくれ!」
「うーん……」
明らかな怯えに、痛いのを止めろ?
どういう意味かと首を捻れば、公女にも覚えが無さそうな顔できょとりと首を傾げている。
コイツ、幻覚と被害妄想が炸裂しているのか?
「そんなに痛いのは嫌ですか?」
「嫌だ!
許して!
お願い、お願いします!」
足下に縋りつき、ただただ懇願し始めた。
「では私のお願いをちゃんと聞いてくれれば、痛くしませんよ?」
「聞く!
聞く、から、うっ、うぅっ、許して……」
とうとう泣き始めたが、華奢な足に縋りつくのはやめろ。
穢れる。
「では、ここにいるこの方の手ほどきに従って腕を磨いて下さるかしら?」
「み、磨く!
何でも言う事に従う!」
絶対服従のドMとは、こういう事を言うのだろうか。
王宮で代わりにはなれないと言われた意味が少し理解できてしまった。
公女は……楽しそうで何よりだ。
「それでは今日からこの方とアトリエで暫く過ごして下さいな」
「ガルフィよ」
「だ、誰だ!
平民か?!
平民が教えるのか?!」
「ふふふ、それは秘密でしてよ。
ただあなたも既に平民と変わりませんわ」
平民に教えを乞うのはなけなしのプライドが許さないとでも言いたそうな様子のヘインズに現実を告げれば、慌て始める。
「ど、どういう意味だ?!」
「アッシェ公爵は父親としてはもちろん、当主として第3公子であるあなたを見限られましてよ。
アッシェ家は既に入金した今年度いっぱいの学費と寮費、学園にいる間の必要な諸経費以外はもう負担なさらないし、アッシェ家から除籍する事も、本日よりあなたの事には一切関わらないとも決まりましたわ。
事実上の平民になってしまいましたわね。
騎士にはもうなれませんし、今の様子では傭兵も難しそうです。
私が拾わなければ卒業後の生活は浮浪者街道まっしぐらでしてよ」
「そんな……俺は……どう、すれば……」
震えが大きくなりガタガタと震えているが、可愛らしい笑顔で見下ろされているくせに、いつまでその足にしがみつくつもりなのだ。
とりあえず切り刻むか?
「という事で、あなたの事は私が頂く事になりましたわ。
慰謝料もあなた個人から取り立てる事になりますけれど、公女たる私を貶め続けた期間を考えても平民で将来は浮浪者となると、支払いは一生奴隷となって肉体労働しても間に合わないかもしれませんね」
「あ……あ、あああああ!
ゆ、許してくれ!
奴隷は嫌だ!
頼む!
謝るから!
頼むよ!」
バッと足を離して土下座して顔全体を床につけて謝り始めた。
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