266.保護者の1人〜レジルスside

「小説?」

「左様ですわ。

私小説を気紛れに書いておりまして、リアちゃんお気に入りの小説に大奥シリーズというものがありますの。

それを陛下にもお見せしたら、名誉の為にも秘匿するとお決めになられたみたいですわね」

「名誉?

何かの暴露小説か?」


 もしやベルジャンヌ王女の真相を書いたのだろうか?


「何の名誉かはわかりませんけれど、そうですわねえ……私の方にもそこは誰であっても伏せておくようにと厳命されましたから、秘密ですわ」


 だとするなら国王として秘匿を厳命するのもわからなくはない。


 それにしてもいたずらっ子のような顔をしたが、それもまた可愛らしいな。

秘密だと言うのなら、それが確信犯であったとしても、もちろん俺は気づかないふりをして従おう。


 陛下も公女にして聖獣の元契約者という立ち位置ならば無下には扱わないはず。


 心の中でうんうんと頷いていたその時だ。


「着きましたわね」


 随分とウキウキと浮足立った様子で窓を見るが、そんなにヘインズに会いたかったのか?!


 黒い感情が胸を占める。


 しかし馬車は無情にも学園の裏門で停まってしまった。

寮への最短距離を狙ったのか?!


「公女、本当にヘインズに会うのか?」

「もちろんでしてよ。

あ、ガルフィさん!」


 話の最中だったが、御者が馬車のドアを開け、公女が何者かに気づいた様子で男の名前を大きく呼んで出てしまった。

本来なら男が先に出て手を差し出すものだが、外に男が待機していたのか?!


「もう、遅いわよ!

待ちくたびれちゃった……って、何連れてきてるのよ?!」

「ふふふ、成り行き?」

「心臓に悪すぎるわ!」


 慌てて公女の後に続けば、ハスキーな声に驚かれる。


 声の主は女性にしては背が高く、スラリとした体型だ。

ゆるい癖と艶のあるアッシュブラウンの長髪にダークグレーの瞳をした、世間一般的には美人と揶揄される外見だろう。


 履いているスカートは公女の物とどことなくデザインが似ていて、華美な物でないが、かといって動きやすそうな洗練されたデザイン。


 ……どこかでこの者を見た事がないだろうか?


「殿下、こちらは私が昔からお世話になっていて、城下の保護者の1人のガルフィさんですわ。

ガルフィさん、こちらはレジルス第1王子殿下で、今は臨時の全学年主任として急きょご一緒する事になりましたのよ」

「……そうなのね。

初めまして、ガルフィと申します」


 それまでの慌てた様子を一瞬で霧散させ、艶のある微笑みを浮かべる。

平民なのだろう。

軽く一礼するに留めた。

しかし、その所作に隙はない。


 平民からすれば王族の俺は畏怖の対象だろうに、最初こそ驚いていたものの随分と肝が据わっているな。


 公女が小さな頃から城下で生きる為にアルバイトをしていたのは調査報告書で知っている。

知ってすぐに居ても立っても居られず、密かに手を貸そうと城下に忍んで出た事もあったが、既に平民ラビとしてのびのびと彼らの生活にとけこんでいた。


 この者は昔から城下にいる、公女の成長を見守ってきた何人もいる大人の1人なのだろう。


「ああ、今は主任と呼んでくれ。

今日は男子寮に行くと小耳に挟んだのでな。

いくら目的の者の保護者から了承を得たとはいえ、男子寮に女性だけで向かわせるわけにはいかないからとついてきたのだ」


 公女と何をするつもりかはともかく保護者と認めて頼ったくらいには心を許しているのだからと経緯を軽く説明しておく。


 しかしやはりどこかで……。


「これ、許可証でしてよ。

さあさ、まいりましょう!」


 随分と張り切っている公女はスカートのポケットから取り出した入園許可証を保護者に押しつけ、親しげに腕を絡めて意気揚々と歩き始める。


 ……俺もそれくらい親しくなりたいものだ。


「もう、せっかちね」

「ずっと探し続けてきたのだもの。

許可も得たし、準備も万端!

一秒でも早く仕込みたいわ!」

「はぁ、ある意味ざまあみろと思う反面、ちょっと気の毒ね」

「ふふふ、これまでの失礼分はこの為のツケだったと思ってしっかり取り立てさせていただくわ!」


 どうせなら元婚約者であるあの愚弟の異母兄として俺からも取り立ててくれれば……。


 そう仄暗い気持ちを抱えながらもすぐ後を追う。

いつもより速い歩調で歩く公女に合わせ、俺の願いを裏切るかのように早々に男子寮へ辿り着いてしまった。

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