265.小説と柔らかな微笑み〜レジルスside

「それでは失礼するわ。

行きましょう、殿下」

「ああ」


 あの女官はもう、馬車に乗りこむ公女を止める事もできずに立ち尽くしている。

相変わらず受け流す手腕は目を見張るものがある。


 それにしても無才無能の不名誉なレッテルを、嬉々として自ら活用して面倒事も面倒な者も煙に巻く者もそうはいない。


 その上実のところ、間違いなく大魔法師と称されるべき我が国唯一にして複数の聖獣との契約者で魔獣を聖獣へと昇華させる事もやってのけた。

その気になれば父親の魔法師団長すらも敵わないだろう。


 現状でこの国を滅ぼすのも容易にやってのけられる実力者だと知る者は俺と魔法師団長くらいじゃないだろうか。

そう思うと密かに喜んでいる自分もいる。


「体はもう良いのか?」


 暫くしてから口を開く。

1番気がかりだったのはそこだ。


 公女が気を失ってから1度お忍びで見舞いには行ったが、その時はまだ眠っていた。

目を覚ましたと知らせを受けたものの、すぐに会いに行けず、まさかここで顔を見るとは思いもしなかった。


「ええ。

聖獣ちゃん達とお父様のお陰でしてよ」

「魔法師団長?」

「左様ですわ。

最後の最後で私に魔力を補填してくれましたの。

血の繋がった親子なだけあって、魔力の親和性も高かったようで、あれが無ければ今頃SSS定食を諦める事態になっていたかもしれません」


 あの時、明らかに公女の体は悲鳴を上げ、あんなにも強大で精錬な魔力が絶えず尽き、無理矢理聖獣達がそれを補填しながら、最後は気力だけで最も適性度の低い土属性の魔法陣を動かしきった。


 属性の適性度が明らかに低い魔力を無理矢理動かせば、心臓に大きく負荷をかけ、最悪止まる事もあるというのは有名な話だ。


 しかし今はそれよりもまだ顔色も冴えない中ですらSSSトリプルS定食にかける異様な程の情熱と執着を、一欠片で良いから俺にも向けて欲しいと思ってしまう。


 そんなに良いのか、SSSトリプルS定食。


「……そうか。

陛下にはやはり複数の聖獣との契約を伝えないのか?」

「ええ。

私が自由でいたいと思っている以上、知ったところでどうもできないのにつまらない摩擦を生んでも仕方ありませんでしょう」


 確かにそれはそうだろう。

何せ嫌な事を嫌だと言って国を出て行かれる方が国にとっての損失となる。


 公女の父親である魔法師団長も何かのしがらみに娘を縛りつける事を望んでいないようだ。


 まあ正直娘という存在に興味はなく、魔法の使い手であるラビアンジェという人物そのものに興味があるというややこしい親子関係になっている気がしなくもない。


「……そうか。

しかし陛下は何故そなたが聖獣ヴァミリアと契約していた事には以降触れずにいるのだ?

先日、魔法師団長と共に謁見したのは聞いた。

知っているのは他に俺と王妃だけだが、その時何かされたのではないか?

他の聖獣については黙っていたが、ヴァミリアは騎士団長やミハイルも目撃したから話さないわけにもいかず、勝手に話してすまない」


 そう言って頭を下げた。


 公女が目覚めて早々に陛下が謁見しに来るよう直々に命令という形で魔法師団長を通して招集をかけた。


 にも関わらず、それであっさり終わりとなり、以降その話が1つもでなくなったのがどうにも解せない。


「ただ少なくとも全ての四公当主や次期当主くらいには四公直系の公女が聖獣と契約していた事を伝えたがると思っていたのだが……」

「ああ、その事でしたら隠し通せると思っていませんでしたからお気になさらず。

特に何も無かったのは、彼女が私の小説の熱烈な読者で、陛下がその小説をお読みになったからでしてよ」


 その時の事を思い出したのか、いつもの淑女らしい微笑みは年相応の少女のものへと替わり、くすくすと柔らかく笑う。


 初めてその微笑みを見たのは保険医として腕を治癒した時だったか。

こういう自然な笑みの時の公女は何とも可愛らしく、親近感を与える。


 俺以外にはできるだけ見せないでくれと密かに祈っていたりする。

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