255.継承

『……平気?』

「もちろんよ」


 さすがにそろそろ平静を保つのが難しくなってきたかしら?

冷や汗をかき始めたわ。


 でもここからが正念場ね。


 私の元々の魔力に宿る属性の中で火と土の適性度は極端に少なかった。

ただ4つもの属性への適性度が高く、僅かであっても全てにおいて適性があっただけでも凄いのよ。

そこは四公の直系だっただけの事はあると言うべきね。


「ディアナ」


 バサッとリアちゃんが私の肩に飛んで来て、名づけたばかりの幼い魔獣と対峙する。


 少し体が楽になったわ。

私にリアちゃん火属性の魔力をかなり流し始めてくれている。


「今からは私がラビの補助をしつつ、聖獣としての力を譲り渡していく。

これから見せる光景は生まれて外の世界をまともに知らない子供にはつらいだろう。

だけど忘れちゃ駄目だ。

ラビも私達も必ず傍にいる」

『こわいこと?

それともいたい?』


 今はこの子の感情とも繋がっているから、怯えが私にも伝わってくる。


 今代と次代の聖獣継承は力だけでなく記憶も継承するの。

特にリアちゃんは建国当初から存在した始まりの聖獣。

血生臭い光景を記憶として観るはずよ。


 それにしても……始まりの聖獣と当時の契約者だったご先祖様の魔力とその絆って計り知れないわ。


 ラグちゃんの時も今も、既に存在する聖獣がフォローしてくれないと魔獣からの昇華なんて私には不可能……あらあら?


 手に震えが伝わっているわ。


 そうね。

少し前までの体が腐敗して死にかけていた痛みと恐怖は生々しい記憶となっているはず。

今はこの子に集中してあげなきゃ。


『大丈夫。

あなたはもう独りではないのよ』


 そう心の中で呼びかけながら、腕に抱え直して抱きしめる。

あら、ボールみたいに丸くなったわ。

でも暫くそうしていると震えは治まってくれたみたいね。

良い子。


「怖いだろうし、痛いかもしれない。

でもね、ラビが今みたいにディアナを守り続けるだけじゃ駄目なんだ。

ディアナは自分を守らなきゃいけないし、ずっと傷を抱えて生きていた大昔のラビごと私の代わりに私から引き継ぐ力で守ってやって欲しいんだ」


 そう言ってリアちゃんは私の頬に体をすり寄せる。


 リアちゃんはご先祖様と子々孫々守り続けると約束した聖獣。


 きっと私がこの国の王族やシャローナの子供や孫達を憎からず想っているのと同じように、前々世のベルジャンヌを想ってくれていたのだと感じて嬉しくなる。


 そして今世のラビアンジェの事は、私が前世の家族を想うように愛してくれている。


『じぶんとラビアンジェを?』


 リアちゃんの言葉に興味を持ったのか、ボールがひび割れて顔を出したわ。


「そうだよ。

ラビはディアナを守るのに自分の魔力どころか命も繋げた。

だからディアナは自分を守らなきゃいけないし、今度はお母さんラビを守れる強さを身につけて欲しいんだ。

そうしたら、もう寿命以外で独りにだってならないだろう?」

『ひとり……いや……もう、おいていかれるの。

わたし、ラビアンジェまもる』

「良い子だ。

ラビ、その子を下に置きな」


 バサッと飛び立つリアちゃんの指示通りに残る2つの魔法陣の中央に降ろして後ろに2歩下がれば、小鳥から鶴くらいのサイズになって私に背を向けて降り立った。


 朱色を基調とした5色の光を纏う姿は前世で知った鳳凰のよう。

実物は見たことないけれど。


 リアちゃんは首を伸ばして甲羅のリコリスに触れる。

ややもすると甲羅に覆われた体と、火属性の魔法陣が少しずつ赤く輝き始め、代わりとばかりに羽根が纏っていた輝きは失せていく。


 私の魔力もそれに従って急激に消耗されているけれど、契約した他の聖獣ちゃん達からその分補填されているのもしっかりと感じとれる。


 この子が幼いからこそ母親を慕うように私を受け入れ、母親を喪ったからこそ守護者として幼いながらに意志を持てた。


 ポロポロとつぶらな瞳から涙が溢れ始めたから、きっと最古の記憶に触れて初めて生まれる感情が幼い精神を成長させているのではないかしら。

完全に消化しきるには時間がかかるでしょうけれど、本当に純粋な子なのね。


 長らく生きた聖獣ヴァミリアが愛情深い性格なのもあるでしょうけれど、あの子が必死に受け入れようとしているのを感情が繋がっている私にも伝わる。


 長らく生きてこそ得られる莫大な力の1つである魔力は私達皆が補填しているし、生命力は生への執着が大きかったこの子には元々備わっていた。


 継承が終われば、後の昇華は私とこの子次第よ。

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